« ヴァレブル終了! | トップページ | 自惚れを貫く。 »

2008年2月22日 (金)

温室育ち音質(音響)論嫌い。

080221_1607001

 2/20のヴァレンタインブルースは24人もの人が集まってくれた。ありがとう。今回もギリ黒字で安心した。いつも出演者にはマイナスの時のノルマ負担をお願いしながら実際には交通費までは返せる見込みを計算した上で話をしてるから。公約は果たせた。

 それでも参加費の話をするのは「作り上げる」というスタンスでイベントを打ちたいことと、共闘者とイベントを作るためだ。僕は基本、自分のことが好きな人が好きだから(笑)お前になら金払って協力してやってもいいよという男気に賭けてる。そう金で金じゃないものを計ってるっていうのはこういうわけだ。

 カットウにこだわったのは、僕がオーナー古賀さんの古賀イズムに惚れたからだ。彼は作詞家としての経験の中で得た挫折感だとかそういうのを優しさで還元しようとしている姿勢をもっといろんな人に知ってもらいたかった。しかし通常ブッキングで人を呼ぶには限界がある。だから企画にした。企画力にはたった一人で幹事の飲み会を二年間続けたことで身につけた自信があるのだ。あとは箱がコンパクトなこと、これが魅力的だった。
 
 正直、音響が悪いと指摘する人もいる。実はそこんとこ正直もっとよく分かってないんだけど、僕はその音響論を口にされると実は非常に腹が立つ。僕は音楽を始める前版画家をやっていた(今もだけど)。精神的なコンセプトは「楽器の弾き方がわかんないから、今の自分に出来る唯一のことである版画の彫刻刀でロック鳴らす」だった。だから27歳までは単にリスナーでロックファンだったのよ。夏フェスが一年で一番好きだった。たくさんの観衆と、夜風に吹かれながら音楽に浸って踊って身体をぶつけあい、おいしいものを食べて空気に酔った。その時に音響なんて優先順位は下のほうだった。聞こえないほど音が小さいとかだったらさすがに別だけど。一言で言えば、ライブを作り上げる要素は音だけではなく、同時に音響はライブを成立させるための一要素に過ぎない、ということ。
 
 でも、もうすぐ2年になるバカロック人生において、いわゆるミュージシャンがあまりにも音響の良し悪しばかり口にするのに正直びびった。でもって呆れた。いつも思う「あんたは。」って。アンタはいい音が返ってきたら気持ちいいかも知んないけどさ、それだけじゃないよ、あんまりにも偏ってるよと。客の反応をアンケートで聞くだけが客観性ではないと僕は思う。自分が客だった時の気持ちがなければ本当の意味で空間は作れない。

 そしてギターが拙いことは結果的に僕に有利に働いた。出会った半分以上のミュージシャンがそのことで僕をナメたので、僕は気に入った人に話しかけるだけでよかったのだ。で、話しかけてくれる人は大体ブログを読んでたんで話が早かったし。
 
 カットウの明るい内装、そしてコンパクトさは経験の浅い僕にも会場を一杯にする可能性をくれた。でもってオーナー古賀氏のホスピタリティも。何よりも優先したのは会場が一杯になること。出演者のならびに一貫したコンセプトがあれば客は出演者をその文脈の中で見て、通常のブッキングよりもステージに集中させることが出来る。その客の集中は会場に一体感を生み、熱気と言うグルーブをつくる。その熱気はステージに立つ人間を本気にさせる。注目をされて嬉しくないアーティストがステージなんかに立つものか。で、僕はそれをニヤニヤしながらみてる。僕は自分の好きな人を自分の思う最高の状態で他の誰かに伝えるのが好きだ。結果的に憎んだ相手さえも。僕のステージングが上達すれば名指しされた相手も注目がいくよな…、なんてさ。
 
 次はいよいよ浅草KURAWOODで4月バンドを企画だ。一バンドも決まってない、アートだけだ。すげえ正直胃がいたいけど、うまくいくって信じるしかない、いや、そうなる。

|

« ヴァレブル終了! | トップページ | 自惚れを貫く。 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ヴァレブル終了! | トップページ | 自惚れを貫く。 »