« 悩んでても歌う、やっぱ。 | トップページ | 人見知りじゃないけど人見知り的兆候。 »

2007年10月 7日 (日)

山手線クリエイティビティ。

071004_2257001

久しぶりによく寝た結果、食べたのがほぼ一食だった。たしかこういうのって太るんだよね。つくづく僕のクリエイティビティっていうのは山手線の循環だと思う。「いろいろなことをやる」アーティストをしばしば人は可能性の放射状流出と捉えているんじゃないかと思う節がある。でも僕の場合は一つ一つは循環である。鑑定の業務で得た何かを音で身体的に試した結果を版画で放出する、もしくはフラフープのように順番とリズムをつけてそれらを回してバランスを確かめている。だから「音楽」という可能性をストップしてしまった自分は山手線の電車の一つをストップさせてしまったように他の活動への意欲も緩やかに失ってしまったのだった。もしくは回すフープが減って物足りなくなったか。

 止まっちまったもんはどうにもしょうがねえから僕はあがくのを止めてしまい、今後暇になる時間を埋めるべく料理本を四冊も購入した。ついでに田中さんの造顔マッサージのDVDまで買った。つまり熟女年齢のOLにふさわしく嫁に行く準備という奴だ。悪くない。だからまずは台所に立つ体力を回復すべく6時間の睡眠の確保に乗り出した。よい睡眠はよい肌を作る。これは美の基本。骨格がどうにも出来ないなら質感で勝負しないといかん。

 ギターは触る。基本的に好きみたい。触ってだるくなって寝る、の繰り返し。失ったのはステージに対するモチベーションのようだ。去年の10/3の新宿LOFTが初ステージだったから一年はたった。アコギでパワーコードしか弾けないという有様で人前で弾けた度胸は何で育てていたかといえば、それは「お前の音楽が必要な人間がいる」といってくれた年上の友人の言葉を信じて自分の確信にしたからかもしれない。でもおそらくモチベーションが砕けたのは浅草のステージで「そんな奴いねーじゃん。」という実感をもったからかもしれない。確信とそれを砕く実感が50/50で絶妙に釣り合ったんだろう。

 名づけ親と喧嘩して詩を読めなくなった約10年前を思い出す。同じように潜るのもあり、今回はギブアップするまでださくても続けるのもあり。結論を出せないまま淡々と生きている。ただ一つの回答としてもう一年くらい潜りなおしてもいいかなとは思いはじめている。29歳で世の中にでても30歳で世の中で出ても今更大して代わりは無いだろう。展示とライブをたった一人でこなし続けた結果、ないがしろにしたままの約束やシステムはいくつもある。そこんとこきれいにするのもいいんじゃないかと感じてる。潜伏の質は明らかに変わっている。二年前の潜伏はどうしようもない状況に流されての潜伏。今回のきっかけは偶発的な出来事だったけど潜伏の舵は自分が持っている。そんなことをとりとめもなく考えている。世の中の誰からも自分の作品が必要とされなくなったら怖い、と誰かが言った。ひょっとしたら自分は試されているかもしれない、世の中はお前のクリエイティビティがなくても動いていくがどうするかね?ときかれているのかもしれない。求められているのはその答えの出し方かもしれない。

 今日は初台のオペラシティギャラリーに行った。メルティングポイントという展覧会。もうすぐ終わるのだけどいい展示だった。ジム・ランビー氏の空間に提示してくるクオリティの気持ちよさを体感しにいったのに、渋谷清道氏の白の静寂に浮かび上がる雪の結晶のような空間につつまれたときに「あ“ーっ」って熱さがこみ上げてきた。アートやりてえって情動の部分がひきづり出される。駄目な電話オペレーターで社会のゴミ扱いされるのも悪くないねって諦念と諧謔心の向こうで理屈にならない衝動がうごめいている。一人ではきっと生き切れない。あなたを必要だと誰もいってくれなくても、誰かの残した何かが確実に自分を動かしていくつながりはシナプスのそれともちょっと似ている。

|

« 悩んでても歌う、やっぱ。 | トップページ | 人見知りじゃないけど人見知り的兆候。 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 悩んでても歌う、やっぱ。 | トップページ | 人見知りじゃないけど人見知り的兆候。 »