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2007年10月11日 (木)

お金問答。

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明日の下北沢LOFTライブは壱番目。抜かるなよ!!

最近うちのパンはハリケーンポテトを知りました。

ちょっと前にそのうち書くよでほったらかした「ライブにこれない理由にお金を持ち出されるのは嫌い」と言う事について言及しようと思う。それは第一に僕がお金がないことで自分の行動や経験すべき素晴らしい瞬間を節制したことがないからにつきる。

お金がないという価値観がわかんないのは、僕自身がお金を理由に自分を節制したことがないというか出来ないというのが大きい。第一お金がなくなったらまず恥も外聞も捨てて頼れるとこに援助を問うたちだ。そん時はすごく恥ずかしいし悔しいのだけども、喉元すぎればなんとやら。ひどい時は口座をマイナスにしたまま「あーなんか心がさ、落ち着かないよね、なんかマリオネットな感じだよね、銀行がさ、糸引いて呼んでるのは知ってるんだよねこういう自分を見てるときって鏡感じてるっていうの?鏡のーなかのマリオネット♪って知ってる?どうよ?」ってバカみたいな独り言を言っている。

マイナスにしてまで場を愉しむのは僕が瞬間第一主義だからなのだと思う。CDにしろ本にしろ映画にしろライブにしろ、今この瞬間に見なきゃ自分のマインドにマキシマムな影響を与えてはくれないぞ、という直感の声がしたら迷わず手に入れることにしている。

たとえ、地元の駅ビルに入ってる同じお店の店舗の方がポイントが使えたりして若干安くなるとしても、必ずその店でゲットできるとは限らないし、地元の駅を店がやってる時間に通り過ぎることができるとも限らない。だから「ただ今がその時」という生き方を貫くようになった。それに殉じるように僕は見たいライブにも同じ感覚で接している。レディオヘッドの来日公演とミッシェルのラストライブを観るために僕は派遣会社に二回も法事を申告して架空の親戚を二度も殺した。それに後方でよければ原価で買えるチケットを四倍の価格でオークションで落としたりしてる。アーティストの為にもこういう買い方をするな、というファンのムーブメントがあるのは知ってるけど、僕はそれ以上に「ヘイ!ベイビー!!僕はあんたたちを今夜見るのに2万は惜しくねえって態度で示したぜ!!俺はそれを行動で示せてすげえ満足!!」とか思いながらダイブとモッシュをするほうが幸せを感じるのだ。だもんで僕は本気で見たいし必要だと思ってるライブだったら人間からだが動くもんだと確信してしまっている。

 

 でも常識的判断で現時点で僕のライブがミッシェルのラストライブほどの重要度を他人様に持つのは困難だというのもわかっている。だから「仕事でいけない」とか「用事でいけない」でいいじゃないと思うのだ。それだけで君の優先順位が今は低い、その理由は僕には僕の今やることがあるからだっていうのは伝わる。だって僕だって自分にとって大事だからノルマ払ってライブに出てるわけだから。でもそこでお金が出ると調子が狂う。だから問題がお金だけならゲストにするからおいでよって僕はいうんだけど、そういう人がまず「ええ!本当に!!」といってやってきた試しは一度もないのだ。頼むから「お金で節制できるくらいの重要度だよ。」という表明をしてる残酷さに気づいてよ、そしてその認識を自分で出来ないであつかましく仲良し顔すんなよボケ!とホントいつも言いたくなって疲労するのだ。曲がった極論だとあなたは思うかもしれない、でもこれは真実だと僕は思ってる。

 で、やっぱり一緒にいて心地いい人は「お金が」って言い出さないんだよね。

カルトなDVDとか漫画とかにお金費やして「やっべえ今月もピンチだっての」って奴の笑みや作品が悪かった試しは一度もない。そもそも、節制できる程度の衝動で動く人間の語るアートとか人生ってどうなんだろう?抑えられる程度の業で生きてるならアートなんかに首突っ込んでないと思う僕には不思議でならないぜ。

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