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2007年9月11日 (火)

咳をしても一人。

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作品を人手に渡すようになってもう5年以上、買い手は顔の分かる人ばかりではなくなった。で、中にはあえて名前を明かさない人もいる。情が移らないように、もしくは純粋にクオリティのみで作品を愛せるように。おとめ座、AB型という几帳面なパーツで構成されている僕がそういう人たちのニーズに自分を合わせられるようになったのは海外で作品を売ったこと以上に版画が複製可能なメディアであるからかもしれない。作品の制作と発表はコミュニケーションの一環として捉えている自分には正直寂しい関係性でもあるけど、同時にこれってありかも、もしくは正しいかもとも思う、ある意味で。

恐ろしいことにもう三ヵ月後にはこの町にも冬がやってくる。あるファンを失ってから二年がたつ。その子は冬の日の真夜中の電話で僕の作品を「あったかい」といった。松本太洋とかに通じる感じ、なんだと彼は説明した。ちょっとした仕事を頼まれたんだけど、それはきっかけに過ぎなくて作者である私と話してみたかったのだとそれまでのおずおずとした口調とは一変して彼はちょっと嬉しそうに話した。僕は自分に向けられていた「憧れ」の気分を把握すらできていなかった。仕事のついでに原画を渡したけど、きっと彼は棄ててしまっただろう。作品を通じて知り合った僕らの人間関係はその後大きく壊れた。どっちが「壊した」のかは定かではない。でも言い合いになるなら僕が「壊した」といってもいい。彼は僕の展示に足を運ばない。関わらなければ、きっと今でも展示に足を運べたかもしれない。そういう人は残念なことに10人は居るはずだ。「こんどうあやってどんな人なんだろう?」という想像と妄想と憧れだけ抱えてれば、きっと今でもビタミンみたいに元気になることが出来たはずだ。だとしたら僕は展示に足を運ばず、ただひっそりと作品だけを会場に残しておくのが一番よいのかもしれないと頻繁に思うようになった。

作家としての僕と知り合ったのがきっかけでミエル力を取り戻したまた別な男の子がいて、彼は最初ウチの狼の声が把握できるとかそういう些細なことを楽しそうにしていた。「あなたとの出会いが二度目の成人式だよ。」といっていた彼のバランスが崩れたのは、仕事での困難に彼自身が耐えられなくなったときと一致する。ミエルことを己のアイデンティティにしようとしてそれに失敗した彼が私と会わなければよかったと口にしたといったのは彼の彼女だった。その彼女もその数ヵ月後には僕に「覚えておいて、あなたと彼が同時期に困難にぶつかったら私は迷わずアナタを取るの」と据わった目で話した。こんな関係が長続きするわけもなく彼らとの関係も潰えた。僕はこの痛みを忘れることは一生かけてないだろうと思う。こんな傷がこれからも増えていく。僕はただ、いつでも実感できる自分であり続けるという皮膚感覚を大事に生きていてこの先もたぶんそうだろう。でもそれゆえに心は痛む。自分が作り上げたペルソナであるなら、被害予測や人に与える影響はおおかた想定の範囲内になる。でも、自分の想像の及ばない人格がリアルな自分自身に投影されその像で人が自然発火みたいに焼かれていくのをみるのは忍びない。

私のMixiに寄せられるコメントが1日記につき20-30だった頃、コメントをくれる彼らを「信者」だといわれるのも辛かった。コメンテーターの中には古い友人もいたし、親しく付き合っていた人たちも居て、彼らとはこっちからの悩みも相談するギブアンドテイクの関係性が成り立っていただけにそれは中傷とも思え、彼らに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。「信者」なんて好きにいわせればいいじゃない、と笑って流せるほど強い子ばかりではなかったのだから。

出会う人間の数もいき続ける時間も、保存と実績さえしっかりお膳立てできれば作品自体の寿命のほうが僕よりもはるかに長く生きるから、せめて自分が生きている間には生身の個性をさらして、こういう人間がこういうものを作る、というリアリティを提示したいと思って可能な限りの露出をしてきた。自身をつくりこむ、というよりはイメージに近くて苦にならない部分を強めに提示するという方法で。でもこれが正しいことなのかどうかは分からなくなっている。たぶん何らかの疲れが出ているのだ。でも散々うなだれたら、僕は結局露出する人生に戻り「勝手に壊れるバカが悪イよ。」と吐き棄てる日常に帰るだろう。何故なら一生をかけて制作し、形を作り変えながらも愛し続ける自身最高の作品は己自身に他ならないからだ。

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コメント

人の縁とは奇妙なモノです。
この奇妙な縁を求めて、人間彷徨っているのでしょう。
出会いもあれば、別れもある。
1つ1つの出会いに感謝し、1つの縁がずっと長く続きますように。

投稿: 至峰山人 | 2007年9月11日 (火) 20時07分

山人>そうですな。ひっそり隠れようとしてなんだかんだ...明日は早めに在廊するんだろうな(笑)

投稿: Vivienne★ | 2007年9月11日 (火) 22時08分

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