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2007年6月 9日 (土)

東京バカロック、せっかくピックアップしてくれた箱と対立して早くも二ヵ月休業を決める。

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たそがれのOH MY GIRL
「04_ohmygirl070511_1.mp3」をダウンロード

「タイムオーバーです、やめてください。」といわれた時、正直助かったと思った。体感的感覚の正しさとやっと止まらない衝動にストップがかかったからだ。でも帰りには僕は7月のライブを最後に8.9月のライブを休むと言った。嘘をついた。たぶんもう戻らない気がする。でも数ヶ月前からこの決断をするのはわかっていて、タイミングだけを待ってた。

 ライブで何をやったかって、まず30分枠で40分やって1ぺナ。突然拡声器を持ち出して2ぺナ、ステージ降りて客と対話して3ぺナ、返しのアンプに座って4ぺナ、さらにサイドの椅子に飛び乗り机に足掛けポエって5ぺナ、ロックを語って6ペナ。ステージ降りて客席に戻る途中でライブブースに入らないで外に出た客の数は6人はいた。こんなに人が避難してた回は初めてだ。

 MCが暴走したのは悪い。衝動が抑えきれなかった。駄目だしは続く。「なあ、Vivienne?ステージから降りるのはここではルール違反だよ。相談なく拡声器を持ち出すのも駄目だ」

「でも降りることでしか伝わらねえものがあるんです。」「それは君が未熟だからだよ。ステージに立って客を引き込んで降りたい衝動を我慢するのが鍛錬じゃないの?」「わかんないっすよ。」「なんで?ステージ上の人間は客より位置が高いんだ、お金を払っているんだよ、その対象がステージ降りてきて拡声器もって自己主張してカッコよかったらこっちは何も言えないだろ?」「高くなんかないですよ、同じ人間です。」「いや君が気づいてないだけだ。それに下手でもいいなんてMCはいい加減やめたらどう?そういう主張はブログとかで展開すればいいじゃない。」「….わかんないっす、わかんないですよ。」「じゃあ、拡声器もつのを良しとして、段取り組もうよ。ここで出してとかさそうすればライトだって回せるし、これは客にはわかんないでできるよ。」「….ごめんなさい。今回ははい、そうですとか気をつけますとかいえません、すいません。とりあえず来月は責任もって勤めますが以降二ヶ月は休ませてください。衝動を抑えるなんて今の自分にはできません。病気になります。」「病気になるなら尚更ライブを続けるべきじゃないのかな?」「。。。」二ヵ月休む、という宣言があっさり受け入れられずに1時間の議論になったのは、私にライブを止めさせたくなかったのかもしれないなとちょっと思った。彼は私が一杯一杯の日々であんなライブを展開したから一時的に気が立ってるんだと思っているのかもしれない。でも、私の譲歩はすでに限界だった。自分にとって表現とは何か、の核をおぼろげでも掴んだら

模倣(カバー)に真っ向からつっ込んでオリジナルを超え、そのことでオリジナルを称えるという一連の表現ポリシーを、箱が求める完全オリジナルでという鉄則にあわせて来たのは何よりこのハコが拙い自分の可能性と存在を強く信じて励ましてくれたからだ。だから表現要求を50%に抑え込んだし、その分を衝動に変換してきた。でもこれ以上の「抑えろ」を受け入れたら自分はもう自分を傷めるしかなくなる。それは双方にとって何の利益ももたらさない。僕の「病気になる」はライブするしないの問題ではなく「衝動を出し切ってライブし続ける」ということに他ならないのだから。拡声器の出番を決めようという言葉を思い出して私は思った「僕はステージでプロレスしたくはないんだ」。プロレス的エンターテナー精神はむしろ版画で行われている。自分を語ることにひと段落してゴク自然に「余分」がそぎ落とされていく境地にリアルであるためには、MAXまでの発散が必要なのだ。私はそのことを木版から学んだ。

 啖呵をきるのは想像以上に簡単で武勇伝も出来ただろう。でも私はなんとしても避けたかった。いっそまっすぐに「君はこのままならもうこのハコでは出来ない」と言われるか

「お互いの道を行こう」という結論にたどり着きたかった。僕は彼が人として好きだからだ。ハコの正しいは私にとっての正しいと同等の価値がある。だからこそ、ホームグラウンドを失っても出るべきは私だ。そんなことを思った。ひょっとしたら彼はこれを読むのかも。あの時わかんないの連呼の陰で思っていたのはこんなことです。

 そして同時にこんなことが起こってた。この日のライブに桑沢の教え子が来てたの、三人も。彼らは私がライブおわりと同時に前に駆けつけてきた。「せんせい。」「こんな人いるんですね。」「なんで女に生まれちゃったんですか?!」課題でほとんど寝てないのに駆けつけてくれた歳若くて近い教え子君たち。その中の一人がほろ酔いで言った。「私、たくさんのライブをみてます。今日も上手い人は上手いなあって思ったけど、でも又観たいって思えたのは先生だけなんです。」「ア-ア、やっぱり僕はなんで女に生まれてきたんだろう笑」とか冗談言いながら、僕は彼女の笑顔を信じた。育ててくれたハコよりも。ひょっとしたら彼女は暴走する私じゃない、比較的まともに唄ってるほうを好きなのかもしれない。

でも私はこの自分のはみ出した部分が伝わったんだと信じた。だって私がそうだったから。

逸脱する衝動をあふれさしてステージから飛び込んだり、ドラムセットから飛び降りたりするロッカーに心を奪われてきた。幾度と無く大丈夫って言われてきた。言葉にできないで混乱する思いを歌詞に代弁してもらってその唄をくちづさんで来た。だから自分もそういうものを言葉にする人間でありたくて、思いを解放しても大丈夫だというがためにステージで暴れて、お前もやってみろよといわんばかりに不適に笑いたい。そして同じ人間だろ?といいたくてステージから降りる。「ステージ上でコミュニケーションとるんじゃなくて、ステージ降りた呑みとかで話せばいいじゃないか。」といわれたとき、自分は決定的な意図の相違を感じ取った。

 願わくば、たくさんの人に聴かれたい。人知れずなんて思えない。そしてもっというなら、Vivienne★の版画はこういう衝動の上に成り立っているんだねといわれたい。あまりにも今僕の周りは僕の一部だけが好きな人が多いから。まるでもち米みたいだ、一部ヅキなんて。版画は好きだけど音楽はいらない人、霊媒の部分だけでつながってる人、もしくはその部分だけ拒絶する人。音楽だけ、文章だけ、先生の私だけ、もしくは電話番の私だけ?彼らの中に自己存在に足りるだけの愛を求めたら僕は空中分解してしまう。だから僕は自分を唄で救いながら伝わることを望んでる。伝わることは二次的なものだ。メディスンを出し惜しみしたら何の効果も無いのと同じように全部を出し切れる表現と場所を求めてさまよう。だからどんなにわがままだと言われてもこの部分を変えることなんか出来ないのだ。

 本気で複数回来てくれた人は5人前後、またみたいといっただけで終わってる人が10人くらい、いつかライブにいく!という人も同じくらい。ファンコミュに至っては版画家と音楽の私の人気比率は51になってる。これをひっくり返す可能性のあるハコを探し出す旅にでなきゃいけない。どうなることやら。

 

 

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コメント

そういうわけね。
いいいじゃん、いいじゃん、君はそのままで。
版画とも遠隔ブログ経由言葉とも違う、ライブで発しているそのバランスがいいのに。
そうしないとエネたまり過ぎて風船みたく割れるよ。
ヴィヴィアンが踊ったらスゴいことになりそうだね〜とLalaさんと話しとったんじゃ。
歌、日記に嬉しかったと書いたよ。ありがとう☆

投稿: moon | 2007年6月10日 (日) 02時26分

ビビアン!驚きました。衝動に正直になれるの、素敵です☆無責任かな。
胸メイクに関しちゃ、れっきとした女性を感じるけどな♪

投稿: 星女 | 2007年6月10日 (日) 22時19分

moonたま>そう、ステージだけで勝負する自分もヴァーチャルしてみたんだけど、たぶんイギーポップになるしかなくなる気がした。うりゃあって刃物で体を切り出すね。もういい加減カット系で自己表現して人喜ばせてる場合じゃないもん。嫁入り前の体なのに。舞踏か~!あのね、LOFTのバンドさんの衝動が呼ぶ動きってやっぱり舞踏に近いと思った。次からはもっと意識的に舞踏的なリアクションとしてのステージングを追究したいとおもいまふ。

星女さま>バストメイクはPJですよ~あれから行きましたか?
そうなの、自分不器用すから、好意的にとってもらうと救われますわ。てか今後はどこで対バンになるんでしょう。東京男前女ナイトとかやって女性限定ライブとかしますかね。
したら僕PJの上下に靴下でギター弾こうかな、電気グルーブさんから着想得ての取り組みなのですが。

投稿: Vivienne★ | 2007年6月11日 (月) 01時56分

PJまだこれからです!この虚乳がどうなるのか楽しみですぜ。上下に靴下か。。。じゃ、こっちはスクール水着にハイソックスで星降らせますかな・・やりますか。勝負?!どこでも、行きますよ。まじで。うふ

投稿: 星女 | 2007年6月18日 (月) 21時44分

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