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2007年4月30日 (月)

ピタゴラスエロなVivienne★さんは今日もつぶやく訳で。

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 今日はせっかくのGWなので、ビールでも飲もう(もちろん一人)と西友につまみを買出しに出かけた後でテレビをつけたところ、山本勘助という大河ドラマでお姫様がレイプまがいの襲われ方をしているのに驚愕しました。ついにNHKも20時台でこんな表現が許されるようになったとはビターな現実を見た気分です。とはいえ、今日無料サイトの新着ビデオにあった「ピタ★コス」ってタイトルを「ピタゴラス」と間違えた自分のエロさ加減はついに一周して知的の域に達したようです。それ以外は特に娯楽もなく、風呂でギターウルフ、食事でウルトラQを見るという標準的な生活とともに版画を彫ってます。

 次回の展示のプランがうっすら浮き上がってきたのですが、次の展示はおそらく近藤彩の今後10年を占うものになるだろう、という気がしています。全て新作ではなく、おそらくバラつきも激しいとは思うのですが、それでもなお、その直観から逃れることができません。以前も青山で展示をやったときに同じようにテンパってばらけた展示を出したことがあったのですが、その時の一点一点もあたかも目次のようにその後の怒涛の展示の習作だったり最初の一作だったりして見事に機能していきました。それに近い何か。

 なんか、この言葉を思ったとき面白さを感じました。この場合の占うっていうのはスポーツなんかでよく使われる感じの「占う」ですよね。つまり、出した結果が今後を決めるというわけで、通常私たちが鑑定でされるまだ起きてないことを予測されるあの「占い」とは対称的なのに同じ括りで使われるわけです。私は巷で語られる「必然」という思想に最大限の疑念と抵抗を試み、それと同時に人を鑑定してきた結果を自分なりに体系付け、分析してきたわけですが、結論は非常にシンプルでした。

運命と宿命の関係性は一言でいえば高校受験とよく似ています。一月から二月という避けられない入試にむけて自分をどんだけ高めるか?それによって合否と行く学校が決まるってあれです。この場合、試験日は必然、合否と学校が運命。その運命を決定するための努力が試験勉強です。ただ鑑定という視野でこの受験を見ると一概に合否だけでは判断できない事象が生じます。例えばすごく頑張ったのに何故か第一志望校で腹痛を起こし、第二志望に行かざるを得なくなったとしましょう。このアクシデントはいわゆる御上のご意思という奴なんですが、その後、仕方なくそこに行ったが実はそっちのほうが友人に恵まれてよかった、という展開と、合わない環境に抵抗するかのように学校以外の場所でいろんな経験を積んだら、それが肥やしになって後々いい経験になったという展開が往々にしておこります。前者では心が壊れないように適した環境に導かれ守られた、といえ、後者はその努力が見込まれてもっと苦行を強いてネクストレベルに行くように求められたといえます。この辺は西洋占星術に触れるともっと分かりやすいでしょうな。

 どちらにしても動じないで突き進む方法は一つ。今目の前の時間、人脈、人生経験、資金、体力などをMAXに使うことを考え、無いものを数えないことです。必然とは呼吸と同義ぐらいシンプルです。今自分に与えられたものを使った行動の結果を反映した物事が現実として起こる、只それだけ。植物は受けた日光や土壌の栄養を反映した育ち方をするでしょ?でも僕たちには素晴らしいことに行動して場所を変える意思と、最低でも物事の見方を変える想像力があるのです。いる場所が日陰だとしても、そこに居続ける理由もひよった育ち方をする必要も無いのです。アーティストやらスポーツ選手ってのは自分の行動の結果をもって人生を転換することをシビアに見つめ続けなきゃならない人種かもしれないよね。とはいえ、展示が心配よ。でもなんとかなるさ、大丈夫。そんな感じで。

写真は前日のライブで観たBlack Velvet Lucyさん。
そうよ人生はKeep on Rock'n!!

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