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2007年3月 3日 (土)

手摺りTシャツ第壱号と写真披露。

Dscf2879
はい、Vivienneの手摺りプリント購入第一号のお客様とその作品です。
もちよっていただいたTシャツに税込み3150円の技術料で摺らせていただきました。

彼も満足、私も満足、之ただしき商いの形アルよ☆

ちなみにこのイケメン君はこんどうあやコミュの管理人であり
はるばる関西方面からのご出征であります。
ネットを通じての出会いがリアルで発展したすばらしい例です。

しかも、彼は顔だけの人ではないところが素敵☆
顔だけのオトコなんざ、

「なんだ所詮見た目だけかよ、だったらズリねたで終われよバーカ!」

でオシマイなんですが、
彼の自分の好きなことにまっすぐに向かい合うところと
それを語るはんなりとした語り口はいつも癒されます。

おお!
なんか会長のベタボメで終わってるぞ!!

それもこれもきっとジャニファンに殺されそうですが
二宮君を押し倒す夢なんか見てるから悪いんですね、きっとそうだ。
キスまでは頑張ってましたよ、あ余計な一言だ。

ヤザクレた日記に見るに見かねるからでしょうか、
私を好きだといってメールや手紙を書いてくれるひとが
結構いるんですけど、

その辺私はひねくれているために、
「でも好きだといって俺の窮地に誰一人いたことねーじゃん。」
とかってアンニュイな顔でストライクをくわえたりしてしまうんですね。

どうせ俺は誰にも気づかれず、
もしくは気づかれても猫みたいにきっと一人で死ぬさ、
と思う私は、だったら俺に構わず自分の人生を生きてくれ
でないと無駄なショックを受けるぜなんて思ってしまう。

で、そこにつけて自分が祖母をなくした経験から
家族の死でも3年もたてば乗り越える、だからいなくなろうが大丈夫と
やっぱり考えて終わるのです。

ここは病的であり、でもこういう思想が自分を極限の境地に駆り立て
試させる絶対的なスペックを支えているということがなんとなく分かるんです。

でも同時進行で
自分は精神が疲労するシグナルに敏感で正直であったりします。

社会における自分の存在価値を信じなくても
自分を大事にするというこの心理バランスを両立する思考は何か
ずっと人生の命題のように考えてたんですが

その答えはただ一つ
己のどうしようもないに正直かつ忠実に生きるしかない
という結論に達しました。

事務的な処理が一切苦手で作ることしか喜んでできないし
喜べることしか続かない私は
そこにプラスして誰かに何かを任せるのがすごく苦手です。

だから全部一人で抱える結果
よく壊れるし約束を果たすまでの時間が長いです。
いや、きちんと返事しないことも多い(←笑えない)。

でもちゃんとできる人がいる限りちゃんとできるはずと
思ってきましたが、飽きました。

ちゃんとするんじゃなくて楽をする方法を考えます。

いい加減を最たるところまで究めて晒した自分を
それでも好きだといわれたとき私は感謝とか
生かされている、という感覚を味わう気がします。

僕にとってはツクルコトと己の思想を極めること
そして人の人生にまっすぐに向き合って言葉をかけること
(ここは鑑定か)これしか出来なくてこれが手一杯みたい。

まあでも、これで良しか。

小難しいですか?すいません。
たまには女の我儘を書かせてください。
ひな祭りなんですから。

そういえば3/3は雌蕊という伝説のイベントがあった日だ。
楽しかったな、アレ。
あの時出会った人は素敵な大人になってるので
自分もそうだと信じたいぜよ。

そんな一日。
明日も14時からいや14時半か?BEAMS入りします。


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