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2007年3月11日 (日)

好きな男一人守り通せない俺はロッカー失格だ。

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連日の思考深度が深いせいか風邪をひいたようです。
ほんのりとだるい。

パンちゃん日記読んで告白してきた男の子にごめんなさいした翌日
「彼を特定したよ」っぽいメールをもらい、
万が一を考えてパンちゃんに連絡したら「...なわけネエでしょ!」的に
逆切れさせちゃって早数日。

じつはパンちゃんの記述でこくられて引き剥がしたのは
一人ではありませんでした。

ずっとどうしたら自分と近く関わる人間を守りぬけるか?
ということを考えて考え抜いた結果
出た結論はただ一つで
自分は誰一人守りぬくほどの力はない、ということでした。

自分の人としての力の至らなさに愕然としました。
愛した男一人なんとでもなる、何があっても大丈夫だぜ☆
と、言い切れない自分は人としてモッカー(木版ロッカー)失格だ.....
と思うにつけ、版木に向かおうにもネガティブな何かを彫りこむ苦痛に
耐えかね、手がつかず、ウタカタの振動で消え行く音に任せてギターを
ひきながらではどうしたら良いのかを考えていました。

思えば俺の悲願でした。

好きな人との日常をつづり、
安定した精神の中で自分と制作についてのスタンスを自問自答し
ロックを愛して仲間を大事にすること、
これは俺が霊媒になる前の当たり前の日常でした。

だからパンちゃん日記を書いたとき
ふっと和らぐ感覚にやっと戻ってきた気がしたんですわ。

まともに版木さえ触れず、鑑定とか御上の事とかその辺しか
考えることができなかった一年ちょっとの俺の精神的な希望というか支え。
それと、
ぶっちゃけ気味に日常を吐露したほうが護身には有利だったってのもあります。
昔から依存されやすい体質だった自分は
隠し事が苦手なのに何かを黙そうとするとそこをつくように
サイコパスがよって来やすいという癖がありました。

あとは鑑定した人が俺の言葉を判断するときに
欠点もMAXでさらして一人の人間としてのEDGEを出したほうが
俺の言葉を絶対的だとうけとって恐怖におののいたりしないで
安心して言葉を取捨選択できるという判断もありました。
只でさえ見えない感覚的な世界を、抽象論で絶対に近いトーンで語ることは
無用な恐怖をあおりかねないからです。

だから依頼人自身の人生の決定を促すために
俺自体は具体的である必要があった。

ただ、今の自分はやはり過去の自分ではないのですな......
言動が強くなった分、俺自身にぶつけられない感情を周辺の人間で
発散しようとする兆候は防ぎようがないかもしれない。
思い知りました。愛で救われようとするなんて甘かったのかもしれない。

どうしてこうなったのか?と思う中で
ジョーストラマーのDVDを見たんですけど
全力で駆け抜けた彼の50年を見ていて

俺は自分の壊し方がたりないと思いました。

最近の自分はぶち込みすぎた展示とかライブの依頼に
精神的な疲れが取れなくてそれを緩和することばかり考えてました。
バランスなんてきっと俺の生き方ではないんだ。「守る」だなんて。

先日歯医者に行ったとき今までで一番出血が多いことに
先生に驚かれ、多忙な日々の話をしたんですが
したら彼女が
「こんどうさんがそうやって血を流して頑張った作品をみて
 みんなが幸せになるんですねえ。」
としみじみ言いました。
「何言ってやがるんだ?」とそんときは思っていたんだけど

思えば歯茎くらいの損傷で済んでる俺は五体満足すぎる。
何も捧げちゃいないじゃないかと思い直しました。

今までの俺が語る「頑張ってる」なんて
頑張るうちにも入っちゃいなかったんだ。
自分を大切に思ってる誰か、なんて曖昧なものに振り回されているから
ダメなんだ
俺なんか壊れてしまえ、そして壊してしまえばいい。
ただし、建設的に。

甘すぎたし、早すぎた
自分を守ろうとするなんて。
突き進もう。

おそらくそれこそが自分に課せられた宿命なのだから。

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