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2007年3月19日 (月)

さがそう。

Dscf2907
もうギャラリーに行かなきゃいけないのに
かの人からの電話をとったのは無意識の所作だったのかわからない。
気がつくと数日の思いを口にし始める私。

彼のあまえたい気持ちに気が済むまでこたえたいと思うほど
行き場と答えをなくして
離れるといったはずの人が
一日に何回もこっちの様子を伺ってくる履歴の数に
「好きだって人を苦しめる何処が愛だってんだよ、ボケ。」
とつぶやき
近づく搬入で追い詰められた何かが電話をとらせた。

彼女はいった
「あなたは守られなくちゃいけないよ。」

「泣きたいのに涙がでないのは危険な兆候だよ。
人は一方的じゃいけないの、
あなたの周りに助けて欲しい人が押し寄せるのは
あなた自身が助かりたくて叫んでいるからよ。

このままじゃきっとあなたはいつか死んでしまう。
あなたがその決断をするのは自由だけど
もしあなたがそれをしたらきっと私は思うはず、

どうして話してくれなかったんだろう?
どうしてこうなっちゃう前にって。

いるでしょう?
なにかあったら話せる人。いないの?」

口に出そうとした、何人か浮かんだ人を。
でも口にできなかった。最悪だった。
精神的な距離感がつかめてなかった。
名前を出そうとすると、彼らの言葉がうかんできた。

「いっぱいいっぱいだと電話出られないんだごめんね。」
「自分の都合を正直につたえられる今の関係が気に入ってるの。」
「ごめん、なんていっていいかわかんないや。」

ささやかな不安を、日々のズレをその言葉に申し訳なくて
飲み込んだ自分。そして実際本当に切羽詰ったときには
あまりの重さにみんなが逃げて部屋に一人だった。

よく言われる、
あなたの周りにはこんなに人がいるのに
どうしていつまでも厳しい目をするのかと。

人はいう
こっちだって忙しいんだ、我儘言うなと
そういう心の弱さは作品で昇華すべきだと
都合のいいときだけ人間のフリをするんだね

でも出会ったきっかけは
仲良くなったきっかけは
私がその人たちのどうしようもない嘆きに寄り添った日だったりした。
いつかの見返りをもとめて寄り添ったわけじゃない。

その人が悲しんでる路地裏が自分が版画を彫ったりしている
この部屋の床とおんなじ地球にあるってことに
耐えられなくて会いに行ったのだ。

自分がつらいのに言い出せない人の悶える苦しさと
ただきいてもらえれば立ち直れるのにそれが出来なくなっちゃう
かもしれない夜の重さを
自分が行けば解放できるかもしれない可能性にかけて
私はいつだって家を飛び出す。

それは私にはナチュラルなことだった。
だからそうしただけだった。
それはこんな辛いんだったら鑑定とかブログとか相談とか
辞めるべきだよといわれたからって辞められるもんじゃない。
だって私自身がこういう人間なんだもの。

でも何故か人に関われば関わるほど、その部分が
自分に返ってくることがなくなった。
ひずみが深くなると、もっと他人の痛みには敏感になった。

この人の言うあなたが好きが、私を助けるためにもたらされるのはない
という前提で関わる私は人間不信で
でもそれゆえにこんな思いをするのは自分ひとりでよいと思うから
私の言動は自覚できるほど優しくなった。
行き過ぎた人間不信は人間愛になるんだなと思った。

大丈夫?ってかかってきた電話にのってお茶しにいけば
大半が相手の相談事で

あなたが好きだ救いたいといってくるひとは
不必要にトランポリンを広げてたってるから
まるで私に不幸が襲うのを待ってるみたいで
その人が私が落ちたときに是非言いたいせりふを練習してるのを
結局自分の映画にアクセントが欲しいだけジャンとおもったり

ブログよみましたって人の感想は
それに触発された自分の語りでしかなくて。
「もっと血のにじんだ文章を書いてください、期待しています。」
とか言われちゃったりして。

シックスセンスの流れ的にはこの出来事は....とか
待ってたみたいにほら彩様、人は裏切るんです、信用なんて馬鹿馬鹿しい
といって仲間に入れたがる人とか
欲しかったのはそういう理屈でもなくて

こんなことばっかだから
こういう人生だって思うことにしようとして
それを肯定するように霊媒さんは
「あなたが人を救えてもあなたを救う人はいないのです。」
といったからますますそうしようとした。

でもちっとだけ、「でも....」って心は言ったけど。

電話の向こうでかの人は言った
「あきらめちゃったらいけないの。
 決め付けてはいけないの。

5人が裏切ったら10人を探すの、10人がダメなら100人を探すの
きっとどっかにいるはずだから、あるひとが都合悪くても大丈夫な人は
きっといるから、探すのよ、絶対に探すの、アヤチャンを守ってくれる人を。」

「私はね、信じてるの
アヤチャンが仮にダメでも信じてるの
あなたは私が最悪なときに絶対に駆けつけてくれる人だって。
だから安心して私は何かに立ち向かえる、実際にそれを言わなくても。
そうやって安心できる何かを得ることはとても大事なことなの。」

電話の向こうで話を聞きながら
こんな警察官の説得みたいなDのゲキジョーのおける尼さんの金言みたいな
なんかで泣いちゃダメだ......

と、思っていた私は
彼女が宅配便の配達と自宅にかかってきた電話二本をブッチした
瞬間についに涙腺が緩んでしまった。

「た、たくはいびんが、らって.....」
という私に
「おまえここ(で泣くの)かよ。」
と呆れられながらも
私はこの人を信じてみようと思った。

私と話をする時間をつなげるために
自分の日常をゴク自然においやったこの人から
守られることを知ろうと思った。

さがそう。
私が辛いと泣いたら絶対的に駆けつけてくれる人を
なにも言わずに話を聞いてくれる人を

たとえ生きてるうちにそれが見つからなくても
見つけたって思った瞬間にマーク・チャップマンみたいな男に
撃たれて絶命する事になっても

そういう人を探そう。
世界中を走って探して見つけにいこう。

その夜、その人がかつて私みたいな心境で唄った詩が集まった
アルバムを聴きながら
祈るように版木を彫って、久しぶりにものすごく何かに安心して寝た。

そうやって一点、どうしても作りたくて
もうこれでオシマイのはずだったイクルのシリーズを48時間徹夜して
完成させた。

こうして絶対的に救う人間であり続けたい、という思いを込めた
Rock'n'roll Pieta-1の隣に
自分が救われる祈りを込めたRock'n'roll Pieta-2が
狼の画廊に静かに並んだ。

私はそれを満足して眺めている。
どっちもとても正直で、どっちもとても好きだ。

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