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2007年1月 5日 (金)

今日ほど、

自分がロボトミーであったらよかったと思った日はない。

考えた結果、出勤前に母にメールをおくった。
実家にいるとき、
実はもうすぐ祖父の誕生日で、8と8が並ぶ歳になるので
珍しく母が誕生日に何かしたいと嬉しそうにいっていたのだった。

帰ってくる?

と聞く母に「余裕があれば。」とだけ話した私は
今日その回答をした。

キャパをこえて思い出したくなかったことまで思い出してしまったこと
結果として実家にむかわなければと思えば思うほど
吐き気が未だおさまらないこと、だから多分無理であるということを
簡潔に打った。私はストレスから自分を護る道をとった。

母から留守電が入った。

か細い声で何度も「ごめんなさい」と言っていた。
只ふがいなく情けなく、通勤途中の晴れた空の下で涙を拭きながら歩いた。

つらさをわかってくれてありがとう、
というのではなく

どちらかといえば
聞き役という役割から逃げてしまってごめんなさい、
という感情に近かった。

帰宅途中で年始のたこ焼きを食べながら
パイメイにもしかられた
それは女武士道にしては己の殺し方が足りないと。

母の笑顔と、
彼女はどうしているか?という思いと
このあと彼女が自分の感情のこぼし場所を永遠に失うのではないかという
思いと恐怖と後悔で胸が痛んだ。

自分の体調とか精神とかそういうことを守ろうとした自分の意思を
憎んでしまった。こんなものなきゃいいのにとも思った。

もし、
私がロボトミーであったなら、

もうこれ以上はとかって何度も中途半端な拒絶を起こすことなく
飲み込めるギリまで言葉を飲み込んだ限界で破裂できるのにな、
とおもった。

私のこの立ち位置はひょっとしたら
家族が自分たちでぶつかって対話する機会を奪っているかもしれない
もしくは我の強い家族を崩壊からギリギリで護っているのか、
どっちであるか100%の回答はない。

ただ今は自分の自我が邪魔でかつ
私が徹底した聞き役であればいいのにそれがしきれなかった弱さに
うなだれる心理の方が勝っていて、
この秩序が護られて50代の両親と80代の祖父の人生が肯定できるなら
自己犠牲を払えたほうがよっぽどいいじゃないかという心理のほうが言葉に出来る。

なぜなら私の才能とか六力云々よりも「血族」という関係は
具体的にカタチをもってここに存在してるからだ。

10代後半から20代前半は
これ以上お互いの都合で私の意志を殺さないでくれと叫んでいた私が
自分をいかに呈して親の人生を幸せだったと言わせる手伝いができるのか
ということで悩んでいるのが不思議だ。

私は最後には曲がりなりにも親に
いい人生だったと言って欲しいのだ。

こういうとき本当のことというのは
白と黒のどっちかの100%とかグレイゾーンとか
そういうものではなく、ただどちらに実感があるのかという
シンプルさに立ち返るのだなとつくづく思う。

本という字は
木を斧で倒して加工した結果できる書物そのものと同時に
斧を木に当てた瞬間の深い手ごたえをあらわしてホンモノという意味を成すと
思えば、漢字のいかに深いかということに感じ入る。

うなだれて思いを口にする私をパイメイは笑いながら
「どっちもどれもそうじゃねえ?と俺は笑うよ」と言った。
「こうやって悩んでる彩ちゃんもまたよいのだよ」と付け足して。

確かに、

悩まない人間は好きではない。
だから宗教家とスピリチュアルを自称する輩が嫌いだ。
人は感謝は神に預けても悩みと苦痛は人に相談しても
神に預けてはいけないと思うから。
ひとに相談して助け合うのは人という字の根源的な形であるし
自分で発見したり解決した苦しみ以上にホンモノの言葉を生み出すものは
ないと思う。

しかし、
体が露骨にむしばまれるのはどうかと思えど。
新年は明確な答えもないまま只過ぎる。

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