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2006年12月16日 (土)

木版画教室ってのもありなのか。

ジョニーママン(こんなに書いてんだからもう元彼って言葉はいらないよね?)
がなんとダンボール一箱のおみかんを送ってくださいました。

やったね!

でも三つばかり果実の一部が過剰に柔軟になっていたので
あわてて取り出し、それ以外の何個かを片手にビニールに詰めて仕事先や
今日会いに来てくれた桑澤の生徒ちゃんに分けはじめました。

卒業制作の季節です。
ひと夏のほんの一ヶ月の授業が、学校生活の集大成をなす手段の一個に
なったことが予想外かつ嬉しく、ショッピングセンターでお茶して別れるつもりが
新居最初のお客様になりました。

求められるってことが50/50の確率で成り立つ相手は私を幸せにしてくれます。

私が好きなのは、
私から持っていった何かを自分の一部にフィードバックしていく人たちです。
星占い的な解説でいえば
Vivienneはてんびん座要素の強いおとめ座なので、自分のかたっぽの天秤に
乗っかりっぱなしになろうとする人間だと、バランスを崩すので嫌になるんです。

話を戻しますが、うちに立ち寄って取り留めなく話した彼女がふと
こんなことを言ったんです。

「先生、木版画教室やればいいのに!」

意外でした。
ずっと、なんつーかずっと学校という組織に入って講師になるって
思考回路しかなかったので、あ、自分でやればいいのかと思えることは新鮮でした。

ひょっとしたら禁煙パイポみたく彫刻刀には自傷行為の代償になる可能性も
あるかもしれないと。
同じ刀という形状をとりつつ、カットするという感覚を満たしながら
実は人体を切りつけるには形状がカジュアルではない彫刻刀は
自傷には向かない刃物です。少なくとも私にはそうでした。

もう自分には作ることと、それから導き出す自己哲学しか生きる道はない
と腹をくくったことがナチュラルに思考を進めてくれてる気がします。

たまたまマイミクさんもメールをくれたんですけど
私の目は時々すごく鋭いそうです。
今の職場でも「こんどうさんって何でもやるんだね.......」と
呆れられてますが、実は普遍を抜く、という点においては何も変わりません。
手段とアプローチが異なるだけです。

目が鋭い、ということに
前世が見えるとかっていう特技以外で説明をつけるとしたら
私は残酷かつ冷徹に一個の価値観しか求めてきていない結果かもしれません。

自分が楽しくて、他者も喜ぶことだけをやる。
もっといえば、利害関係が50/50だと確信できる行為と人間関係にしか
興味がありません。

服を買うときに
自分が気に入った服を買う人はたくさんいます。
で、自分が着て似合う服ってのを選ぶ人もまあいます。
この二つはわりかし簡単に出来るんです。

だけど

自分が好きでなおかつ他者がみても似合う一つを
セレクトし続けるのは精神的重労働だったりします。
でも私はそれをし続けます。
だってこれが一番メリットがあるんだもん。

自分が好きってだけで買った服は飽きたりちぐはぐだったりしてやめがちだし
人に似合うって言われるためだけの服は自分が常に納得出来ませんという気分を
皮膚感覚でまとい続けるために精神的に疲労します。

似合うし好きな服は、他人も欲しがるし、着てる自分も幸せだし
人に褒められてもっと幸せになります。おめでたい人誕生です。
でも、私はこういうおめでたさは好きです。
この感覚わかるかな。わかる人が好きなんだけど。

思えば28年間のあれこれは試着に過ぎなかったのかもしれません。
で、きっとこれからも試着し続けるんでしょう。

だってVivienneは飽きっぽいんだもん♡

私が木版画教室やったら習いたい人います?なんつって。

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