« 2006年11月 | トップページ | 2007年1月 »

2006年12月27日 (水)

RAMONESラモーンズRAMONES!!

今日は派遣時代からのかかわりのお姉さんとご飯を食べ
彼女がネット上のコメントで多発させる
湾♡♡♡が
東京湾でも駿河湾でもなく台湾の湾だったことが発覚して
えらくすっきりしました。
コロンブスの卵並みの「その位置からくるかその答え!!」的な
アプローチに目からうろこ。

そういえば今日買い物をしたんです。
ラモーンズのDVDを二本、
それとスコアブック。
最初の楽器屋になかったときは
「も、もしや簡単すぎてむしろ必要ないとか?」と本気で心配したんですが
ありました。

なんでこんなことしてるかっつーと
彼らの高速ダウンストロークなギターをDVDで観たときに
私も上から弾き下ろすやり方しかしないのでこれは参考になるんじゃないかと
考えたからです。
だもんで正月はマーチンのアコギで鬼ダウンストロークの練習をします、多分。
さらにパワーコードで。

第一、

下から這い上がるのなんて人生だけで充分だと

思わないか?諸君。

とはいえ、今日楽器屋のお兄さんにBコードの押さえ方をききました。
こっちはレスポール(拾い物)が人質にとられてるんだから聞きたい放題だと
いう事に気づいたんですな。
だって友達は忙しいけど店員さんはいつもいるからね。

昨日見たPunk attitudeというDVDは熱かったです。
King recordはこんなんばっかり出してますね。

その中でRAMONESに関するコメントがあってある女性の写真家さん曰く
「彼らのギグを観にいったら、最初の曲でいきなり間違えたの。
 そしたら彼ら、自己嫌悪でギターを投げたの........ショックだった

でも

斬新だとおもったわ」


スゲー..........


私でさえ「ぐわあ、もう一回じゃこの野郎!!」くらいしか言わなかったのに。
それから

ああ、

と思いました。

ああ、そうなんだよ、人は一人にはならないのだよ。

キャストアウェイによれば無人島のように
人はたった一人きりの状況においてもバレーボールをお友達にしちゃう生き物なのです。
翼くんが言った「ボールは友達だよ、岬くん」という名言は
なるほど、人間普遍の真理をついてるわけです。

私は本気霊媒になるまえはアーティストですから
知り合いはアートやってるのが多いのですが
彼らは頻繁に「自分の作品が誰からも見向きされない恐怖」について語ります。
でもナンセンスです。

へたくそなギタリストが最初の曲で間違ってギターを投げ捨てるという
ありえない暴挙にだって感動する人がいるのです。

それでも一人になるときはあなたが心を閉ざしてるんです。

私もしょっちゅうブログで自分は一人だとかきますが
そうなるのは人を選んでるからです。
一緒にすんなよバーカっていいたくなる人ばっかりだからね。

最近の目下の悩みはもっと早く自分に覚悟できてれば
すでにブレークできてただろ?という後悔です。
これがどうにもならんのよ。

今じゃなきゃダメだったんだという確証を得る旅をこれからきっとするんだろうな。
長旅になりそうだ。

|

2006年12月26日 (火)

雑記&一月のBuster Chat

Dscf2600

えー写真は、無事に(?)ディナーに合流したものの、
私のあげたクリスマスプレゼントの帽子がデカすぎて
「前がみえないのう。」
ゴッコをする寸前のCEOです。お騒がせしました。

今日もパンクムービーみてました。
ラモーンズのライブは熱いですね、
興奮して椅子から飛び降りる練習を何度もしちゃいました。

とかいう私は今日はクリスマスケーキのホールを四分の三大人食いです。
またもや別なホロスコープ氏がいうことには
あなたの体力が枯渇したら危険です、小太りくらいがちょうどいいとか。

でも、スタジオで全身を鏡でみると小太り具合に怒りがこみ上げます。
自分の服にセンスがないともっと腹が立ちます。

でも一食につき二人分たべるようになって
ヤラシイ夢をみても負けなくなってきました。
ちなみにホロスコープでも、私は今誘淫状態にあって、
とおりすがりの変態霊に抱きつかれる星回りですといわれました。

どうにか出来んのか!!
自己ストレスで憤死寸前です。
というかパンクムービー見たことで興奮が加算されてます。

というかスタジオでフライングVと格闘して弦が切れたんですけど
とっかえかたが良くわからないので一回家に帰って別なギターをもってきました。
あと、マーシャルのアンプにつなぐんですけど、
どーーーしても音がくぐもってやる気なくします。
なんか汚いんですよ。エッジがない音ばっかで。
エレキって難しいなあ。
なんかね、変なポッチが三つくらいついてるんですけど
それぞれが何だかよくわかんないですよね~。
一個はいじると音がおっきく鳴るような気がしています。

相変わらずBコードの絵とか見るんですけど
やっぱり押さえられなくて辞めたくなるからアコギをパワーコードで
押し通してます。

だ る い も ん 。

自分に出来ることしかやりません。
変な上達心をおこして何も出来なくなるくらいなら
今出来るすべてを総動員して闘うわ。

さて一月のBuster Chatは以下の日程で行います。

夜の18時以降のみ
1/5.12.19
昼から受付可能
1/6.7.20.21.27.28

とはいえ、ちょー閑古鳥っすよ。
みんな一時むらがい状態だったのはタダだったからかな~?
と思う今日この頃。

それはそれで制作にいそしみます。

|

2006年12月24日 (日)

聖夜です、CEOが家出しました。

Webwebweb_2

画像は前回の日記でちょこっと触れた次回ライブ用のビラ複製です。
毎回こういうチラシで展示告知します。
いいじゃんか、俺は木版画家なんだ、告知くらい凝らせろ!!

さて、

聖夜です。
CEOが家出しました。マジ話です。
ついでいうと、
Mixiにのってたサンタのサイトにいったらウイルスもらいました。
気をつけましょう。

今年はデートのある弟以外の家族みんなで「はじめてのクリスマスディナー」
だったんですが、で、しかもそのために昨日は一切のイベントでずに
家でシコシコ作業してたんですが、家出とは、やるな87歳。
というわけで早速脱落者がでてます。
最近の祖父のこだわりは勝手にお宅改造だったんですが、
それでどうも摩擦が起きた様子です。

ああ....お金やモノで喜ぶ人ではないから
一つでも多い思い出でと思ったんだがしゃーないな。

まあ、おそらく家具買って夕方には戻るだろう、とのことですが
どうしたらいいんだろう?悩みます。
おばあちゃん、教えてくれないかな。
実家に帰れって言われるだけかな~それだけは無理な相談なのに。

祖父といえば、私が大学卒業してはじめての職場を社長に啖呵切って
飛び出した時の事を思い出します。

実家に泣きながら電話して
「もう辞めてやる!!」といったところ
「馬鹿やろう、社会を舐めるな、会社に戻れ!!」といわれると思いきや

「さ~一足早い冬休みじゃあ♪」といいながら
CEOは母と一緒に超特急で迎えに来ました。
そのときの彼の笑顔が忘れられません。

世間的に観れば、甘やかし放題なわけですが、
で、私も充分自覚してるわけなんですが、
結果的にここで絶対的に戻らない道にいってしまったことは
私が版画家になることを大きく決定したと思えてなりません。
世間的常識はすべて愛の名の元に無視しても
結果的に本来のあるべき道に私を連れ帰るCEO、みたいな?

ルールは破っても筋は通す、
破天荒でも結果オーライにこじつける、
これが近藤家の(特にCEOの)掟です。

で、19歳の時に祖母と喧嘩してボストンバック一個抱えて
かけ足で家出した私としてはこの一件を聞くにあたって
自分がこの人の隔世遺伝なんじゃないかと激しく疑う今日この頃です。

ああ、やっぱり私は生まれ持ってのアナーキー。

さて、聖夜ですのでコメント欄解放。
愚痴でも幸せ宣言でも何でもどうぞ。

| | コメント (6)

2006年12月23日 (土)

俺たちはこの国を嫌いになりたくないんだとポールが言った。

THE CLASHだけど。
Dscf2595 みんな、このバンド好き?
私は昨日まではスタイルで好きだった。
スタイルで。
ポエトリーをお盛んにやってたときも
「PUNK IS ATTITUDE!!」って台詞だけは
よく叫んでたからさ。

でも変わってしまった。
私は浅かったよ。

外出も出来なかったからさ、
TUTAYAで借りたDVDかけながら、ひーこら言って
年賀状の版画彫ってました。

それがドイツのWolfgang Boldって監督が作った
「PUNK IN LONDON」ってフィルムで、ANACHY IN THE UKをバックトラックに
パンクな女が壁にスプレーするとこからはじまるのね。

で、当時のリアルタイムで取材されたPUNKバンドがインタビューに答えながら
PUNKをはじめた理由とかPUNKのメリットとかPUNKに対して意見をいいつつ
GIGの映像でしめるって構成で10バンド以上はなんやかんだライブがみられるのさ。

それでこそX-LAY スペックとかラーカーズとか、
その周辺の店とか。
なぜかピストルズは話しか出ないんだけどさ。

最近私はイギリスにすごく惹かれてるんだわ。
考え方とかいろいろ。
スピリチュアルを最もナチュラルに取り入れてる国ってイメージもあるしね。
世界史を思い出せば、イギリス国教会は王様が世継ぎが生める女と
再婚するために妃を離婚したくて作り上げたっていってたし。
今の自分を生ききるってイギリスマインドに私はなんらかの自分へのヒントが
ある気がしてるのです。

で、このDVDの最後が宿無し状態でドイツにツアーに来たTHE CLASHなのです。
なんつーか、たくさんのバンドの中でTHE JAMとCLASHは明らかに違った。
存在がシュッと立ってる感じだったのです。

で、楽屋で宿のないうさを晴らすようなメンバーのコメントの中で
ベースのポール・シモンズがいったのさ
「俺たちはこの国を嫌いになりたくないんだ。」って。

そのときに私は「あー」って思ったの。
あー
あー
あー
そうなんだって

この人たちがなんで長く続いたかわかった。
少なくとも「この人たち」にとっての理由が。

THE CLASHは音楽を通して人生を愛していたんだなって思ったのさ。

あるバンドは言った
「PUNKは俺たちの行き場のない状況に居場所をくれた」
またあるバンドは言った
「俺たちは俺たちの時代をつくるんだ」
こんなことも言う
「今までの商業ロックは退屈だったがPUNKは短くて簡潔でいい」

私もピストルズを聴いたとき
「目を覚ませテメーラ!!」って言われてる気配にすごく背筋がきゅっとなった。
でも、目を覚ました後
もし革命やったあと、で、居場所を作った後で
そのPUNKをどうしていったらいいんだろう?って
疑問にぶちあたるんじゃないだろうか?

俺の声を聞け!!とまず叫ぶための道具として
仲間と集まるためのツールとして、その渇望を満たすためのツールとして
はじまるPUNKにも勿論大きな意味がある。

でもそのPUNKはその欲求が達成されたら卒業を余儀なくされる気がするのだ。
でも、なんか昔からCLASHのマインドって何かが違う気がしてた。
なんか棘じゃない浸透感。

それが「きらいになりたくない」の一言で伝わってきた。
音楽を、PUNKを同じように愛している仲間とつながりたいって感じ。
ああ、人が好きなんだねってしみじみ思った。

政治的な歌詞もスタイルも音楽も、勿論本気だったと思うんだ。
でもその渇望は欠落を瞬間的に埋めてくれという他力本願な叫びじゃなくて
自分の人生を良く生きたいんだっていう根本的なところから響く声
なんじゃないかと私は思ったんだ。

だからもう作業どころじゃなくて
私はジョーストラマーが客に向かって
「ロックンロールが好きか?」というシーンを何度も観たわけです。

ジョーが「PUNK IS ATTITUDE.」といったうらには
自分の力で人生を愛そうとする人間の覚悟が詰まっている。

人生は辛いこととか痛みとかたくさんある。
嫌われ松子で嶋田久作演じる牧師のシーンで
「人は罪を許せないから神の名の下に罪を許してもらうのだ」
みたいな台詞があったけど私はそれじゃ足りんと思う。

どんなに時間がかかっても、どんだけしんどくても
人は自分のチカラで自分の罪を許さなきゃいけないんだよ。
弱さを受け止めなきゃいけないんだよ。
愛していかなきゃいけないんだよ。

誰かの作り上げた形のカミサマに頼ってばっかりじゃ
大事な自分の魂を捻じ曲げてしまうことになっちゃうよ。

私が「外は三月」って唄を作ったとき、
私はいつも一人で、どうしていいかわからなくて
換気扇の下で一人でタバコを吸いながら
呆然とジャニスジョップリンのメルセデスベンツを聴いてたんだ。
ハンズクラップとしわがれた声の振動に身を任せて眠ることも出来ずに
誰に何を伝えればいいのかもわからなくて
そんな気持ちが飽和点に達したときにあの唄ができた。
三月の外気の寒さにいてつく部屋の中で
私はジョニーにもらったギターにひっかき傷を何本もつけたんだ。
Bコードの押さえ方がわかんなくて、パワーコードしか弾けないまんまで。

そしてその傷を観る度に私は思う。
私は

私はたった四本のスチールの弦であの日以来人生を愛してきた。

多分これからもそれが続く。

だから私にとってステージに立つことも唄うことも
うまいとか下手とかは問題ではないのだよ。
人生の愛し方に上手いも下手もあるわけがねえ。

ジョーが思ったことも、ポールの言葉も
本当のことはわからない。

でも私にとって
少なくとも私のしている何かがPUNKであるなら
私にとってのPUNKとは人生の愛し方なんだ。

イケメンのポールサイモンの横顔を見ながら
この人今どうしてるのか知りたいと思ってたら
ブラーのデーモンアルバーンと新バンド組んだって。
http://www.thegoodthebadandthequeen.com/
素晴らしいじゃないか。

どうかどんなに人が行過ぎても
どんなに歳をとっても
どうかロックンロールが私とともにありますように。
どうか自分で自分の人生を愛しぬく絶対的なチカラを
私に与え続けますように。

祈ることは只それだけ。

そうすればきっと私は自分の人生という導線を一生かけて愛せる気がする。

そんな私のライブは1/17です。前売りの予約はじめてます。
渋谷アピア18:50~で¥2500 南正人さんと鏡ユウナさんとのブッキングであります。
2月は16日(金)よ。エヘ♡

|

2006年12月22日 (金)

淫魔に逢魔でボディーブレイカー。

ミクシイの方のニュースで石原真理子さんが初体験の相手が
森本レオさんでした、なんて記事が載ってますが、
前回の水沢アキさんのことも(レオさんは否定はしてたよね?)合わせて考えると
なんとなーく彼の女性の好みが見えてくるわけですが....

それはさておき

相変わらず俗にいうインキュバス(淫魔)に悩まされています。
もうね、ものすごーーーーーく眠いんです。早く寝ても、玄米食にしても
ダメなんです。制作にならないし年賀状も10人くらいしか住所がわかってないのに
まだ出来てません。
(なので、心配なひとはVivienneだすよ、住所はここよ的なメールおくってください
でないとたぶん届きません)

今日も昼過ぎに意識がトンで仕方なくタイマーかけて昼寝すると
また相手は違えどエロ夢に突入。
ここまで来るともう「今日は○○さんでこれかよ!!」的な突込みが入れられます。
(相変わらず、下半身の「突っ込み」までいかないんですが。)
まったく、こんなこと書いちゃってるとエロメール増えまくりなんですが
毎回「攻め」のパターンが一緒で、寝起きが尋常じゃなく疲労して
しばらく起き上がれないのでこれは本気でおかしいと思うわけです。

なんかね、本気で体が重いのよ。

で、六力さんにそれとなく聞くと、
意外にも皆同じような経験を通過しているようす。
対処法も共通してるんですね、一言でいうなら
「夢でキレる」
だそうで。さびしいとか思ってるのかも知れないけど
「てめえと一緒にすんじゃねえよ!!」って怒るのが大切らしいのです。

で、「わかりました!!早速試すであります!!」
というものの、30分後には挫折。

無理だよ...。

だって、好みのタイプになってくれて只でさえ時間がない中で
夢を有効活用してくれるなんかに対して正直
「おいしい」
って思ってる自分がいるもん。
こんな心理を抱えたまんま「出てけ」なんて
勿体無くていえるわけねえ。

ちなみに、霊媒先生から教えてもらったのですが
現実に事象が起こるとき、それは三つの要因が絡むんだそうです。

たとえば、風邪をひいたとして普通だと
1.寒いなか薄着でねた
2.仕事が忙しくて疲れ気味だった
3.ウイルスが付着した
とかですが、これを「見えない」世界まで応用すると

上記のどっかが引っ込んで
最近邪念を感じ取った、とかが入るわけです。

私の場合はですね、季節に適さないカッコ、食事、疲労の三要素を
疑った後にどれも当てはまらないと「念」を考えて対処します。
で、対処する方法がわからないと食事とか体力から考えてくのね。
で、それらをやってもダメだと六力さんに相談。

でもみんな意外に、
「霊」!?って要因にぶち当たるとすぐに全部の原因をその一点に
集中させて考えるんだよね。お払いとかに高いお金を払ったり
順番待ちで不安な日々を過ごす前に日常の所作の要因を解決して
三点倒立状態を斬ることで解決できるパターンってけっこうあるのに。

慌てないことだよね、何事も。
三点倒立説、これ使えますよ、おススメです。

でも今回の場合はどーかっていうと睡眠は充分とって三食も食べてるから
1.インキュバス
2.生理前緊張症
3.年の瀬に高まりがちなさびしがりの心理

もしくは
鑑定その他で数日言われている
「31歳まで決定的に出会いがない」ということばに対しての
葛藤のストレスってやつがすべての要因において絡んでいるか。

この出会いがない、という心理は自分のお金とか生きていく方向性を
自分だけに数年間集中して考えられるという点で強力に役に立ったんだけど
弊害も生んじゃった感じですね。

に、プラスして私、「ヲンナ」としての自分を考慮に入れなくなると
生理前緊張症ってホルモン異常が過激に出るみたいなんですな。
吐き気とか苛立ちとか。
前彼君にいっとき、「君はかわいくないから」とか「子豚ちゃんだよ」
といわれてそれを根が素直なもんで真っ向から受け入れて自虐ギャグ化
してたあたりとかピークでしたね。

あ、余談ですが、冗談でも愛情を持ってる女性は褒めたほうがいいですよ。
女性が離れたとき、それを「照れ隠しなんだよ」っていうよりも
そんなこと言うんじゃ仕方ないよね、って言う人間の方が圧倒的に多いです。
けなされてスチュワーデスになれるのは堀ちえみくらいです。

まあ、そこまでストレスにしてる覚えはないんですが
レンアイ、という方向性を排除しても女性らしさを追求できる思考回路を模索したり
してます。

あとは仲間とつるんで寂しさをバスター!!と思って、早速今日出かけようとしたのに
DMの入稿トラブルで外出できなくなったり.......と邪魔がはいってます。

だもんで今は仕方ないので前向きに風俗いかなくてラッキー!とか
考えてみるとか、異常な量を食ってます。
作業やバイトで眠れないので、食べることでエネルギー補給。

いわゆる

「インキュバスだかオクトパスだかしんねんけどよ、生気ほしけりゃくれてやらあ
こっちはこっちでガンガン補給させていただくんで夜露死苦」
、作戦。

でも1時間でお菓子三袋とか.....こりゃふとるわね。

まあ、単純に生理前緊張症だということを祈るよ。んったくよ。

|

2006年12月21日 (木)

こういうのこそ無駄な気合といいます、多分。(コメント欄解放)

Dscf2589 Dscf2588













はい、パート先の御遣いで職安にいった帰りにみつけた自転車です。
レイチェルさんに日本で何があったか知りませんが
自己主張が激しすぎます。

大事にしてるのかと思いきやカゴにはごみが......
ぞんざいなのか大切なのかはっきりしろ、といいたいですね。
ちなみに何故職安にいったのかというと
うちの職場が一級建築士を探しているからです。

うちの職場に就職すると、もれなく週三回ハイトーンボイスの
Vivienneからお茶ダシをうけるというサービスがつきます。
ちなみに職場は山の手線大塚駅徒歩5分ですよ。

最近すごーく眠いです。
どうしたのかしら私。

おぼろげですがV・A・K木版画教室の骨子をまとめました。
毎週火曜日、一授業2-3時間で一回受講料3000円。
1ターム全7回で合計21000円。
やるのはウチなので人数は5人、最高で7人。

一回だけの参加もアリです。
第一週 製版
第二・三週 彫り
第四・五週 摺り
第六週 裏打ち
第七週 酒飲みながら講評会

どうよこれ?

ちなみに乙女の一般家庭のおたく使用かつ
翌日も仕事、仕事なくても展示でグロッキー?という状況を
推し量れる人希望ね。夜に開催しても23時には解散したいかな。

火曜でもいいから来たいって人の人数と希望時間帯によって
三月にはできたらいいよね。
週に一日くらいはふらっと仲間が立ち寄れる日があってもいいかなと
思うんだよね。

リリー・フランキー氏の東京タワーで、
じつはおかんの話もいいけど、それ以上に
リリーとおかんのおうちに集まるお友達のエピソードが
いいなって思ってたんだよね。
あんな環境をいつか作り上げたいと思ってて。

まあ・・・・・・
31歳まで恋愛には縁が遠いらしいですから、
仲間と寄り合うことで寂しさを解消してもいいかなと。

考えてみれば生まれて育ったのが6人家族だったから
やっぱどっかさびしがりやなんだろうな自分。

| | コメント (8)

2006年12月20日 (水)

ショーン・レノン、君はなんて素晴らしいんだ。

今日はリタ・ジェイさんと打ち合わせをしました。
彼がガチンコ勝負の二人展の相手に指名してくださったからであって、
年明けにお目見えする展示がBEAMSよりちょっと早まりそうです。

Sean ここ数日、私はSean Lennonのアルバムの 
Friendly Fireを聴きまくってます。

この人はいわずと知れたジョンとヨーコの息子です。
ゆえに企画モノっぽくて敬遠してた自分を恥じてます。
というか親が世界的に歴史的にも
有名すぎて偉大すぎて息子まではもういいよ、
おなか一杯だよって感じでいたんですよ。

父ちゃんの伝説を愛して維持していくのと母ちゃんの芸術家としての新作を追うので手一杯だったんですね、

でも間違ってました。なんつーかね、ごめんなさい、ホントごめんなさい
といいたくなる傑作です。

このね、一緒についてるDVDがまた素晴らしい。
アメリカンニューシネマみたいなちょっと洗練直前の泥臭さっていうか、
あのお昼のテレビ東京の再放送みたいな独特な色具合の画面で
展開するショートフィルムで、観てて飽きないです。内容もいいんですが

二曲目あたりで波が来るんですよ、
丸めがねのせいだと思うんですけど、ふとジョンの面影とヨーコの面影を追う向こうに
一瞬カトちゃんが走るんです。

「あ、ダメよ、Vivienne,それはいかん」と打ち消そうと必死になってるうちに
映像の三曲目でSeanがスネオヘアーでのび太くんみたいなカッコででてくるので
もう笑いの神との拷問的な戦いが起こって、さらに海におちたショーンが人魚と
キッスしたらそれが鯖になって大慌てみたいなコメディーになるのでさらに拷問。
きっと笑ってほしいだろうけど、それって心外だろうよという良心の呵責。

あのサルとパグの買い物コンビでパンとジェームスってのがいるんだけど
その二人のスットコ具合で笑いたいのに、飼育係の宮沢さんのわざとらしすぎる
演技にばかり目が行っちゃう悔しさというか申し訳なさとの戦いに似てる。
本編を鑑賞したいのに望まない脱線しそうっていうか。

でもそれを差し引いても、劇場でみてもいいくらい
というか家でカウチポテトな鑑賞会を開きたいくらいにいい。

このアルバムは
「付き合ってた彼女が友人と二股かけてて、
別れたのは悲しかったけど美しい経験だったよ。」というあたりがコンセプトに
みたいなんだけど、
怒り狂っても不思議じゃない経験を「美しかった」といってしまうところに
親から受け継いだ感覚を思います。
直情を一歩はなしてアレンジして昇華する、アーティスト的に再構築する目線をもちながら
あくまでそれをギターとかの感情吐露を誘うような音色でやってのけるバランスの絶妙さよ

そして私は結局のところ何にこんなに文章を書かされてるかというと
カト.....じゃなくて
SEAN LENNONという人の遺伝子とか宿命との殉じ具合の潔さなのです。

SEAN LENNONという人はもう存在自体がメランコリックなんですよ。
全体からみたら思いきし親父の面影で、ストロベリーフィールズでのジョンをおもわせる
甘い感じの声をもちながら、その顔立ちは激しくヨーコに似てて
もう彼を見るたびにイマジンとかWAR IS OVERでの二人の映像とかを
思い出さずにいられない。

で、ショーンはその感じをしっかりなぞるような音で歌い上げちゃうわけで。
決してノイズロックとかに走って世間様のイメージに抵抗するんじゃなくて
あくまでその存在のメランコリックさをしっかり土台にしながら
きちんとジョンでもヨーコでもない彼の世界を構築していくんです。
二人から受け継いだ遺伝子の要素を感じさせながらも
ショーンレノンという一人の人間としてしっかりブレンドして世界を押し広げている
潔さを、宿命に殉じているなあと思っちゃうの。

アタシはここ数日覚悟を決めたのね
NIRVANAのDVDでもカートが言ってたけどやっぱ
「お金と音楽を一緒に考えるとおかしくなる」のよ。
私は版画だけど。

作ることしかまともに出来ない、
だから「それで成功してお金を得よう」という思考回路でいたことは実は不十分で

私がすべきは
「私が作品を作ることで私は近藤家、ひいては祖父が必死に作り上げた一財を
 潰すかもしれない。けどそうなってでも最低、スゲエもんつくって世の中に
 近藤家ここにありという痕跡だけは一つでも多く残そう」っていう
覚悟だったんです。

だから最近思うことは、どんな作品で立ち回りをしたら、
将来ホームレスになって道端で毛布に包まる状態になっても満足の笑みを
浮かべられるんだろってそればっか。

かりにホロスコープや予知能力が大丈夫だよっていっても
そこに絶対の保障はないのですよ。だって私たちは植物ではないのだから
足があって移動できるぶん、日陰の位置から日向に移れるだけじゃなく
日向から日陰におちることだってあるのよ。

書いてることは悲壮かもしれないけど、でも私は何故か今すごく落ち着いてる。
静かな闘志がわいてる感じ。

今思うのは、これだけの覚悟ができるなら、
どうしてもっとこの域に達しなかったんだろ?
私はたぶんもっと早くこの覚悟ができたし、それができたらもっといい作品を
作り上げることが出来たはず、という強い後悔です。パティじゃないけど。

一財潰しててでも芸事に生きるのよ。
誰に何を言われようと。

だから人の展示とかライブに滅多に行かなくなりました。
純粋にこの人の何かが観たいとか会いたいとか思わない限りは。
つきあいという感情を排除するためです。
「つきあい」という感覚ばかりで何かに触れすぎたら
本当に人をひきつけるものの繊細なニュアンスを忘れてしまうから。
だから広報活動にも力がはいらなかったり。
やりすぎると、自分の表現を見に来る人がやっぱり、作品に惹かれたではなく
宣伝につられたにすぎないと思ってしまいそうだから。

ホンモノでいたいと思うのです。
ホンモノを作りたいとおもうのです。

そしてそのホンモノを自分のプロダクトに落とし込むための重要な要素に
「人に何を言われようが宿命に殉じる美しさはかかせない」と思う私は今
SEANの歌声はなくてはならないものなのです。

よかったらきいてみそ
my space  SEAN LENNON
http://www.myspace.com/seanlennon

|

2006年12月19日 (火)

射抜くのはハートだけにしてベイビー。

先週から久々にアルバイトで会社に入ってます。
で、今ご飯作るモードではないのでお昼は外食なんですが
近所の潰れたコーヒー屋さんのあとに入ったレストランを
試食してきました。

ご飯は悪くない。

でもね、昼休憩で15分以上待たされるのは致命的よ?
MTVの設置もいいけど、昼休みに殺到する客にたった二人の男で
テンパってちゃだめよ。会計も間違うし。

でも、一番ナッカリだったのは
お店の壁に貼ってあったスクリーンです。
当然、プロジェクターで何か映せるとおもってたんだけど
会計の時にきいたら

「ああ、壁に穴があいてるんで隠してるんです。」

って涼しい顔で言うなー!!!

私が四年ほど住んで愛した大塚は、実は栄枯盛衰が突然激しくなってですね
しょっちゅうお店が出入りしてたんです。
で、成功した店としない店のポイントは恐ろしく明快でした。

大幅な改装をしたかしないか。
この一点。

なぜか大塚に入るお店って
「前のお店の道具があるからいいか、つかっちゃえ」
って安易さが目立つんだよね。

で、それは町屋の概観を活かしておしゃれな店を入れる京都とかとは
決定的に違うわけ。

「もったいないから使う」のと「それを活かす」のは違うし
その視点は明確に感じ取れるものとして客に伝わるのです。

社員さんも言ってたけど
「なんか改装が中途半端だと、売れなかったお店の空気をひきづって
 感じるよね?」って思われる。

で、私はそのマインドをあらわして最たるものと思われる
「何かに使える」という一言をものすごく憎みます。
だからフリマも出展しなくなりました。
フリマでめぐり合えるセンスのいい若者よりも
「なんかで使える」ってもののよさを活かす以前にとりあえずもっちゃう
みたいな乱暴な中年層が大多数でげんなりしたからです。

なんつーか、好みとか相性とかどうでもよくて
とりあえず女がころがってるからやっとく、みたいな感覚に良く似た
敬意のない乱暴さを感じます。

モノも場所も、感情とはいわないとしても空気とかモードがあるんだから
そこを愛して欲しいよね。敬意を表すとか。

こういうのを建築の専門用語で居抜きというそうです。

イヌクのはハートだけにして欲しいよ、全くもう。

そうそう、ハートだけにしてといえば
すっげえヤラシイ夢を見てしまいました。
「ん~もう、Vivienne欲求不満すぎだろお~」
では済まなすぎる激しいリアリティだったのでどうしても引っかかって
答えを知ってそうな六力さんにきいたところ

欲求不満という線は勿論あるけど、淫魔って疑いがあるよって。
淫魔って~かっこよくねえ?とかってのほほんとネット検索してたら
挿入とかされたら最後、つまり最後までやったら生気をとられたり
人格に変調が出るらしいです。どわー。

私の場合は、やけに触れられる感触とか乗っかってくる感触が
尋常じゃなくリアルででもきまって最後までイカナクテ、
ぐおー!!!!お楽しみのプリンを目の前で下げる真似すんなよって
腹が立つんですけど、いつもいきなり話が急展開でかわっちゃう。

つまり、護られてるって事みたいなんですけどねえ。
........複雑。

だから淫魔は淫魔でとりついていてもらって
欲求不満の線は歌の稽古と過剰労働で発散します。

でも、右肩に確実に女の指で爪をたてられてんのは分かってるんだよな。
すごく爪が食い込むんだよね。たいしてパソコン作業もしてないのにさ。
嫉妬とかやっかみの念がのってるらしい。

この少年ジャンプ並みの日常かつ男日照りに
    そんなにお前らなりたいのか?

と思いますが、
今のTOPの顔写真に私とかさなって取り付いてる人が写ってるらしいです。
どうりで最近アクセス減ってますよ。

でも、お払いするのは面倒臭い。

28年間そういうのと無縁できてんのにたかだか霊媒体質を認めたくらいで
がたがた騒いだらアホです
てかガタガタ騒ぐから余計に付け込まれるんだっつーの。

それに今バイトになれてマイペースを作りたい時期だから
これに乗じてしばらくのっかっててもらうことにしました。
てか、お守りのペンダントの鎖が一日で切れたのは惜しかったけど。
まあ、減っても50人はアクセスしてるんだから上等でしょう。

たぶん純粋に私に用があるはずだから、皆さんにもとりつかんと思うよ。
だからしばらく、悪いのに取り付かれるとこんな顔写真になるのかと
画像を楽しんでてくださいな。

たぶんこれに耐えられなくて離れるのは力が弱いか
依存したい人くらいすよ。
自分があたしって存在になにかを重ね合わせてぶら下がりたいのに
そいつがスペースとって邪魔してるので許せないって同族嫌悪だと踏んでますんで。

やれやれ.....。
どの領域でも一部に激しく大人気。

|

2006年12月17日 (日)

でも....ほんとに....いいの.....?

はあ、こういうタイトルつけると自分が萌えますね、アハ。

そんな状況と打って変わって朝は大変でした。
昨日は石のために生きた結果、23時ごろに起きてしまい、
そっからノンストップでおきて朝方に仮眠をとったんです。

したら夢でコドモの声がして、ベランダにしゃがみこんだ男の子を見たんです。
あれ、お隣の坊や越境してんジャン?
って、え、お隣同棲カップルでガキいな....い

と、思った瞬間身体にぐわーっとなんかがのぼって来ました。
なんだこれ、おい、夢じゃねえの!?とあせったまま、奴が両腕にのしかかった
瞬間に手をうごかすと瞼とまつげに指がふれた感覚がして、そのあと
ふっと気配が消えました。で、目もあけられた。

思わず「ああ、ちょっとダメ....」とかねぼけて言っちゃいました。
意味は全然お色気じゃないんですけど、とんだモーニングサービスです。

一部の方はうすうす気づいてるかもしれませんが
実は道場サボってます、というか休会届だしちゃった。
本当はね、いきたかった。

でも引越しを境に急に足が遠のいて、やっといける!!と
思った日もCEOの妨害にあっていけなくなったり、段々と遠のく流れを
感じてたんです。

で、だんだん食事制限の品目を我慢してたわけじゃないのに
気がついたらご飯食べた後でぐわーっとケーキ屋さんに走ったりして
二食分食べたりしてさすがの私も、心と身体にズレが出てる、
というか道場に通うのに無理が出てんじゃないか?と思い始めたわけです。

でね、自分のバスターチャットのあとで立ち寄った鑑定所で
せっかくなんでそのことを聞いたの。したら彼女は
「アハ、お休みです。」
と笑った。状況を整理するのに一度遠のくみたいだわ、とのこと。

で、彼女も言ったけど、私もこう思ってます、
たぶん、このまま辞める。
そんな気がする、絶対じゃないけど。

私にはでも武道が必要なんです、

という一言に彼女がいいました
「ほんとに?ほんとうにそうなのかしら?」

「あなたは制限や束縛される環境だと自分のバランスが乱れるの、
 で、私には武道ってのはあなたを小さな枠にはめて動きづらくするものに思えるわ。」

で、私、話の流れで、鑑定を遊びと思われてしまったことや、食事のこと
なんかを話したら「ほらー。」とかって言われちゃうわけで。

で、彼女は私にいいましてん
「あなたは、まっとうには生きられないのよ。」って。

自分の思いが言語化されたことで、
私はその日勢いで休会届けを出しにいったんですけど
数日たった今あらためて思います。

道場で道を求める姿勢とかユニオンの作り方とか
気の落とし方とか
そういうメリットは必要なだけもらっちゃったかもしれないなって。

で、職業の一個として鑑定を始めた今、
相手と状況を考えて店を決め、もって行く道具を決め
パターンによって人として意見をいうか、流れを読んでことばを落とすか
神のたとえを使うか量子論とか科学ベースな解説をするか
どこまで話すかとか緻密な計算をカンだけでやりぬく私にとって
最初から場所に制限が加わり
しかも、触れられただけで何食ったかばれてしまう道場の状況
そしてそれをしょうがないじゃん?で割り切れない性格をもつ以上
道場に通うことはどう考えてもバックスピンになってしまうことは
悲しいかな明確なのです.........。

で、私ホロスコープ使いによく言われるのが
規格外のくせに生真面目なんだよね、という一言でして。

型破りでしか生きられないのに、普通の社会生活にのっかろうと無理してしまう。
で、ここずっと規則正しく生活したいと思ってるのに
思えば思うほどうまくいかないのも、きっと無意識が抵抗してる気がして仕方ないんです。
と、いうかそう思いました。

小学生、中学生、私は非常にまじめできちきちっと生きられたから
今の私でも出来るはずだと必死に思ってきたんだけど
今の私は当時とは違うとしっかり認識するときがきたなって思ってます。

制作に専念できる環境にもずっと抵抗してきました。
でもそのたびに身体を壊した。
すると親も周りの友人も心配するし私も自己否定するわけで。

とにかく怖かったんですね、やっかみとかそういう感情が。
後ろめたさを感じてた。
恵まれてる、ということも受け入れるのに勇気がいるんだなって強く思います。
そして10年近く。
すごく時間はかかったけど、その分
「私はものを作ることでしか生きられない」と確信をもって今いえる気がしてます。

だから支えてくれた環境に感謝できるし
会社とかのしがらみとか軋轢の中で頑張ってる友人とか
作品を愛してくれるひとを尊敬してます。
だから余計に鑑定にチカラも入るわけで。

SFでであった人たちに
「お前の作品すげえいいよ、その才能大事にしろよ」って言われたのも大きいかも。

私は、やっぱりギリギリまで自分と、流れを読むチカラをみがきあげて
それを高めて表現し続けていくしかない。
誰にがっかりされようと、離れられようと。

でもそんでも自分と関わってくれる人に対しては、若干の気持ちの余裕をいかして
東雲会とかで交流したり元気になれるような環境を作り上げよう、そう思うんです、
奇麗事じゃなくて。それしか出来ないわけだから。

でも、お金持ちにはなりたいですね、
いつか言ってやりたいんです
「え、何、お金と十分な余裕があれば俺もすごい作品作れるって?
 じゃ資金提供するから必ずやってみせろよ?」って。

うーん、私ってやな奴だな(笑)。

わが人生は規格外であればよし、あとは型破りなまま爆走して
そこを全うすれば良し。
誰かのルールに乗らないんじゃなくて、のれないんだから。

|

眷属大歓迎会。

昨日ジョニーママンから頂いたみかんのなかで
一部が激しく柔軟になっているものに包丁をあてまして

「ここまでは食えるだろ?」
「いや、だめっすだめっす」

などとテトラ君と騒いでいた同日夜、
お風呂上りに外国在住の六力さんとこの眷属猫がきて
主人にメールしてくださいといいに来ました。

だもんで、せっかくだからビエネッタを買って歓迎会をしている、
というわからない状態の最中です。

まったくもって少年ジャンプみたいな日常です。

ありえない話といえば
ジョニーママンにオミカンのお礼の電話をしたとき、
先日上京した際にジョニーがママンに

「このまえ彩がもしジョニーだったらこんなときどうしたろう?って強く思ったのを
 感じ取ったよ。」

と、言ったそうです。
確かに、そう思ってました。あーふざけんなって感じだよ、こんなとき冷静なジョニー
だったらどう解決するのかなって。

言葉を交わさなくなっても
彼との対話はまだ続いてるんだなあと不思議な気分になりました。

あと、リアルタイムで私の「やべえ」がわかる盟友がいて
彼は小説家さんです。
これってテレパシーという奴なんだろうか。

とはいえ、私は鈍感らしく

先日も実母に
「あんまりしんどかったから彩に念をおくったのに通じなかった!!」
といって切れ気味にしょげてました。

ごめんね....でも....実母なんだから電話しようよ。

今日は寝てました。
激しく寝てました。東京ミネラルショーに大量の石を買いに行った以外は
人として機能してません。

石を買うために生きたみたいです。

....合掌。

|

2006年12月16日 (土)

木版画教室ってのもありなのか。

ジョニーママン(こんなに書いてんだからもう元彼って言葉はいらないよね?)
がなんとダンボール一箱のおみかんを送ってくださいました。

やったね!

でも三つばかり果実の一部が過剰に柔軟になっていたので
あわてて取り出し、それ以外の何個かを片手にビニールに詰めて仕事先や
今日会いに来てくれた桑澤の生徒ちゃんに分けはじめました。

卒業制作の季節です。
ひと夏のほんの一ヶ月の授業が、学校生活の集大成をなす手段の一個に
なったことが予想外かつ嬉しく、ショッピングセンターでお茶して別れるつもりが
新居最初のお客様になりました。

求められるってことが50/50の確率で成り立つ相手は私を幸せにしてくれます。

私が好きなのは、
私から持っていった何かを自分の一部にフィードバックしていく人たちです。
星占い的な解説でいえば
Vivienneはてんびん座要素の強いおとめ座なので、自分のかたっぽの天秤に
乗っかりっぱなしになろうとする人間だと、バランスを崩すので嫌になるんです。

話を戻しますが、うちに立ち寄って取り留めなく話した彼女がふと
こんなことを言ったんです。

「先生、木版画教室やればいいのに!」

意外でした。
ずっと、なんつーかずっと学校という組織に入って講師になるって
思考回路しかなかったので、あ、自分でやればいいのかと思えることは新鮮でした。

ひょっとしたら禁煙パイポみたく彫刻刀には自傷行為の代償になる可能性も
あるかもしれないと。
同じ刀という形状をとりつつ、カットするという感覚を満たしながら
実は人体を切りつけるには形状がカジュアルではない彫刻刀は
自傷には向かない刃物です。少なくとも私にはそうでした。

もう自分には作ることと、それから導き出す自己哲学しか生きる道はない
と腹をくくったことがナチュラルに思考を進めてくれてる気がします。

たまたまマイミクさんもメールをくれたんですけど
私の目は時々すごく鋭いそうです。
今の職場でも「こんどうさんって何でもやるんだね.......」と
呆れられてますが、実は普遍を抜く、という点においては何も変わりません。
手段とアプローチが異なるだけです。

目が鋭い、ということに
前世が見えるとかっていう特技以外で説明をつけるとしたら
私は残酷かつ冷徹に一個の価値観しか求めてきていない結果かもしれません。

自分が楽しくて、他者も喜ぶことだけをやる。
もっといえば、利害関係が50/50だと確信できる行為と人間関係にしか
興味がありません。

服を買うときに
自分が気に入った服を買う人はたくさんいます。
で、自分が着て似合う服ってのを選ぶ人もまあいます。
この二つはわりかし簡単に出来るんです。

だけど

自分が好きでなおかつ他者がみても似合う一つを
セレクトし続けるのは精神的重労働だったりします。
でも私はそれをし続けます。
だってこれが一番メリットがあるんだもん。

自分が好きってだけで買った服は飽きたりちぐはぐだったりしてやめがちだし
人に似合うって言われるためだけの服は自分が常に納得出来ませんという気分を
皮膚感覚でまとい続けるために精神的に疲労します。

似合うし好きな服は、他人も欲しがるし、着てる自分も幸せだし
人に褒められてもっと幸せになります。おめでたい人誕生です。
でも、私はこういうおめでたさは好きです。
この感覚わかるかな。わかる人が好きなんだけど。

思えば28年間のあれこれは試着に過ぎなかったのかもしれません。
で、きっとこれからも試着し続けるんでしょう。

だってVivienneは飽きっぽいんだもん♡

私が木版画教室やったら習いたい人います?なんつって。

|

2006年12月14日 (木)

魂にバックスピンをかけてはならない。

今日ははじめてのBuster Chatをしてきました。
仕事として短時間で盛りだくさんでおいしいものにするには?
なんてことを考えながらも、お茶する感じでこなしていきましたが
彼女の顔が明るくなるのを見るのはうれしかったです。

で、そのはじめてのお金を持って何をしたかというと


.............鑑定を受けてきました。


鑑定士が初収入で鑑定受けるってなんだよ!?


って実は彼女を鑑定する3時間前、
いつもはグッツだけ覗いて鑑定士との接触をさけるお店で
今日の担当の人がたまたまブースからでてるのを見たとき

「あ、この人」

って思ったのね。
もし帰り道ここに立ち寄って彼女が鑑定してなかったら
多分この人と話をしなきゃいけないな、と瞬間で思いましてね。

もち、自分の悩みは自分でカード引いてみることなんてたやすいんですけど
なんとなくこの人とはつながんなきゃって思ったのです。

で、立ち寄った結果
「実は今お客さん待ってたんですけど、なんか急にキャンセルになったとこなの」
って彼女。

俺、さえてんじゃん。

やっぱり生年月日だけで私は鑑定士になることを薦められました。
他にもいろいろ話をしながら他の占い師のダメだしして
その失礼振りをしかられたりとかしながら、一緒にテンションが上がってくのを
感じました。

たまにはね、客にならないとダメです。
本気でやるなら。

どの商売でも、自分の仕事のブラッシュアップのために
顧客の立場に立つでしょ?

とはいえ、最近ものすごく食べるし
ものすごくお金を使います。
ここ三日くらいがすごい。なんていうかすごく勢いがまわってしまい
具体的な行動にフィードバックできない。
ってことも話したら、どうも新月というやつとぶつかってるみたい。
だからってこの常に躁状態な感覚で良いわけじゃないんですけどね。

別れ際、彼女がいいました
「いらないものは、どんどんそいでいいはずよ。」

星占いやってる友人に言わせれば
ホロスコープと常に一致させた行動をカンだけでとっていく
私の日常は大変に興味深いもののようです。

そんな感じで常に外の流れで行動がバックスピン状態になるのに
その上、自分から心にブレーキかける必要性なんてないよな、とオモイマシタ。
ライクアローリングストーン。
アメリカ人的な解釈でそんな風に動いてくのね。

そんな彼女に出会いについて聞くと、
「三年後に運命の出会いがあるわよ」とのこと。
私と一緒に制作を闘ってくれるような人で前世と深いつながりがあって
「しょうがねえなあ」って感じでくっつくらしい。
で、まだ出会ってないそうな。

私のカンはもう会った中の誰か、だったんだけど
この誤差は何を意味するんだろう。

鑑定のとき私はいつも言うことがある。
信じてはいけない、と。
信じるという言葉で占いと接するとき
人として信頼、するのではなく相手を信仰してしまう恐れがあるから。

大事なのは信じる以上に「きく」ことなのです。
このキクは「利き酒」のキクに似てます。
要は分類すること。

鑑定という字の鑑とは鏡です。
私たちはシックスセンスユーザーからある地点における
ある位置からの鏡として地図をうけとるのですわ。

だから私たちは無意識に「あたる」という言葉の多さで彼らを信用するのよ。
どんだけ言葉に出来ないでいた姿を
現実の言葉におとしてもらえるかっていうことに私たちが価値をおくかってことの
無意識の反応なんだと私は考える。

大事なのは、受け取った言葉のうらに潜むニュアンスです。
納得できるのか、保留なのか、完全な拒絶として動くのか
私はこの三つで彼らの言葉を自分の中に収納し
自分が観る人にもこれを勧めます。

でもね、あと三年の男日照りかあ........なげえ。
男の肌のなんたるかをすっかり忘れそうだ。
彼女の見解としては、ここ二年は六力にどっぷりはまって
忙しくてそれどころじゃないはずよ?といって納得もするんだが......

で、帰り道私は開き直りました。

どうせ化粧したってセクシーになったってやせたって
恋愛に直結しないのであるなら.........

太ってたっていいじゃん!
どっかの毛がボーボーだって良くねえ?
女の子とディープキスだってよくねえ?

てかライブ、
もっと暴れてよくね?

たとえば、
スクール水着でエレキ抱えてスピーカーに乗っかってM字開脚しても
隠語を連発しても
そのことで「ああ、こんなことしちゃってお嫁にいけない.....」って
考えなくていい期間が三年近くもあるのだ!!!!

この前の飲み会で
「たとえ内輪の呑み会であってもよ、
 俺は今日のブラのフリルにかけて手抜かりしねーぜ!!」
とかいって紐ちらみせして、机に足かけてマイクもって
「ゴートゥVAK!!(ちなみにVivienne Alice Kondo)」とかって
暖かい友情に支えられたコールをうけたようなことを
もっと過激にやっても体制に影響がでないってお墨付きをもらった、

といっても過言ではないのだ。

とおもって勢いほくそえんでもっとテンションが上がった
おとめ座28歳破軍星、

乙女という字が果てしなく遠くにいきつつあります。

........合掌。

|

自分のDMに萌えるおめでたい人(コメント欄解放、DM画像あり)

Net2

どうですか、これ?
久々に勝手に会心の作だと思い込んでいます。

もしポスターになってたら500円で買うわ!とか(笑)。

むかしっからずっとこうです、
自分がいいと思ったものしか
人前に出しません。

しかし、大変に不幸なことに?
もう営業疲れたから来て欲しい人だけだすべ、
とか、

縁を切りまくったりした結果、激しくリストを削ったし
大部分の知り合いはネット通じてるから住所知らないわで
多分私は100枚も出さないかも。

だもんで皆さん新宿のBEAMSで自己ゲットしてくださいませね。
とはいっても、配布はまだ先だけどね。

というより、もはや福岡で披露済みということもあって
私の最大の関心はひろき真冬さんをゲストに招いての
オープニングパーティーGIGに移っています。

もうね、どんだけ衝動を見せてやろうかと(笑)。
ジャクソン将軍(Vギターの名前)の扱いに大苦戦しながらも練習する毎日。

しかし...担当さんにいわれたっけ
「こんどうさん、ここお店なのでくれぐれもデカイ音出さないように!」

ねえ、不幸にもVivienneライブをみちゃった皆さん、できるとおもいまふ?
んーーーでも僕大人だからなーーーーんーーーーーー。

思わずこのDM画像で何かあげあげになっちゃった皆さん
コメント欄解放するんで好きなこと書いちゃってくださいな。

| | コメント (7)

2006年12月13日 (水)

エゲレス男、ジャクソン南現る。

ミュージシャンが言うところの表現活動はオナニーって台詞は
なるほどよく出来てます。

あれほど、プラマイゼロですっきりしてた気持ちが
翌朝またエネルギー過剰で放出場所を求めて苦しくなってる。
朝おきて「セット完了」状態の衝動を知るのです。

まるでオナニーとかセックスとかのエロの類に似てます。
一日何発やったからってこれで一生打ち止めですなんて
ありがたいことにはならないわけで。

だからギターを抱えるとそこから抜け出せなくなる。
曲はできる。信じられないスピードで。
だけど生活がままならない。
秩序がほしい。
もっとでかい発散場所が。

ライブするという気持ちのおき場所を完璧に捕まえたら
うまいよか何より衝動で還したくなった。

東雲でロック好き仲間から「バンドとやらないんですか?」と
きかれました。彼はよくみてるなって思いました。
アコースティックというくくりを楽しみに来る客の多くは衝動が
ストライクゾーンではないのです。衝動、を評価してくれる人
もしくはそれを必要とするひとは別なハコにいるってことも。

でもアピアは続けますよ、だってミチロウさんの前座が夢なんだもん☆

だけど、一人でやってく私には、ノルマってのがすごくシビアな問題です。
前提として、自分の利益のために友情を利用するのは、見たくて来る客とは
違うと思うから、私はネットと告知以外ほとんど宣伝をしません。
で、ここを変える気はないわけで。

そんな悶々とした気持ち抱えて街に飛び出したら
いつもは通らない道のギター屋さんでフライングVを見つけました。
「あ、」
としか言えないような、呼ばれたっていうか、そんな感じ。
ふらふらと店に入り、
どういうわけだか彼を抱えて弾いてました。

本当はつかなかったはずのフライングVのケースが店の奥から
発見されたときにこれは運命だと思いました。
ほしいとか、かっこいいな、じゃなくて買わなきゃいけないギターって
「わかる」ってのに近い。

そのギター、ジャクソンっていいます。メーカーが。
私を接客してくれたウッチャン似のお兄さんはフライングVLOVEで
持ち方や管理のしかたとかを愛をこめて教えてくれました。

「これでも結構歳なのよ、もう20年くらいギターやってる」

という言葉に私の悶々が口をついて出ました。
「あ、あの、..」なんてしゃべりのあとで、自分の弾き語りか?というスタンスや
ノルマという負担についての悩みを話したんですわ。
そうしたら彼は静かに言いました。

「役に立つかはわからないけど、これは僕の経験談。
 実は僕はここで働き出したのは最近なのよ。」

もともと文具か何かの会社で勤めてた彼は、ある日どうしても自分の好きなロックスター
が生まれ育ったイギリスに実際に足を踏み入れたくてどうしようもなくなり、借金してまで
一年間、学校に通いながらイギリスで暮らしたそうです。

「今はもう返済で大変だよ。
 だけど長い目でみたら、行ってしまったことを今はよかったと思えてる。
 あとで何とかできるお金ならやっぱり衝動を大切にしたいと思うんだ。

 どうしようもない気持ちになるまで動かされたことはやっぱりさ
 それだけの何かがあるってことだから。」

いい顔をしてました。

私は答えをもらいました。
跳ぶしかない。
跳ぶしかないのよ。

いつだって、たった一ヶ月しかない展示を引き受け
行ったことのない海外の展示に乗り込み
そうやってたくさんのリスクを見るたびに飛び跳ねてきました。

でも、お金だけは苦手でした。
働きながら苦労して才能がある日認められてスターダムへって
完璧な伝説を求めてました。
伝説というより共感、海外ならば常識的な価値観。

でも仕事にチャレンジするたびに、慣れようと一生懸命になるのに
ずれていくのです。作るということが私を呼び始める。
そして体が壊れてしまう。私は知るわけです、

私は表現するために生まれてきた。 と。

嘘でも偽りでもなく、出来ることがこれしかもうない。
だから与えられた恩恵を愛し、出来ることにすべてを尽くす。
そのことで受ける非難や中傷は受け入れる。
もうこの生き方しかできないのだからして。
だから今、恋愛とか結婚とかへの希望とかを棄ててしまいました。

私にとって恋愛って共同作業なんです。
一緒に生きてくための。
でも私は唯一できる「ものを作る」ってことで満足な経済環境を整えていない今
それまで望んだら欲張りすぎると思っています。
そういうの全部超えてしまうほどの相手がでたら別ですけど。
もしくはそれでもいいって言ってくれるか。でも無理だと思うんだよね。

全部をおんなじだけ望んだらおんなじだけ取り落とすの。
なぜなら人はエッジを持たねばならない体でありそれゆえに個性というのだから。
でもだからこそ今の私は本気で信じてるの、
私が本気でものを作れば世界にだって影響できると。

だから今はこんなどうしようもない私でも
好きだといってくれる仲間のことを考えています。

そんな思いを彼の言葉が整理させてくれました。ありがたい....。

もらった名刺から、彼が南さんだとわかったので
今日からジャクソン南と呼ばせていただきます。
また新たな師匠誕生だぜ。

|

2006年12月12日 (火)

Buster Chatはじめます。

ここ三日間、ライブにオールナイトのライブペインティングに
飲み会で初出勤の仕事で打ち合わせでした。
さすがのVivienneもへろったらしく、メール読めども返信できません。
ごめんなさい~~~~。

飲み会では女の子とマウスツーマウスで久しぶりにキスしましたよ。
ひさしぶりっつーのは、一度昔、もう私が精神的に安定したから
他の女の子と関係して慰めてもいっかと思ってとかほざいた馬鹿男の
見せしめ?にその相手の子としたのが一回目で

と、いうか今回はいきなしムニッてされたわけでして
その後も別れ際に潤んだ目で
「 だ め ぇ?」
とか言われたもんで、もうしかたねえなあと思って受けて立ちました。

彼女のことをおもうと一線越えちゃいけないって思ったんだけど
舌さえ入れなきゃいっかとおもって。
でも、まあ......どうしたもんかね(笑)?

さて、そんな私、メールマガジンでは告知済みですが
Buster Chatはじめます。
平たく書けば鑑定会です。

気功道場の会則違反をさけたいつーのと、
どこの会場にいっても、絵が見たいって人と見て欲しいってひとの
境界が定まらなくなって混乱してきたんで、
試験的にですが鑑定会を仕事として行うことにしました。

でもまあ、ほんとのこといえば
あんまりにも発言が不用意な占い師の多さに正直私が
ぶちきれているからです。

覚えておいて欲しいのは
すべての占い師は修行中であるってこと。
観る事で食っていけるのは、人の人生にふれてその理を考えることに
専念するのを御上が許してるってことです。

大体、普通の人間関係でお酒を飲んだりなにかを時間をかけてする中で
腹をわって知っていくその人の心の中に、短い時間で入り込んでなおかつお金を
もらうっていうことに対して謙虚になれないってどういうことよ?

御上が言ったからってどうしてショックなことを平気で伝えていいのか
私にはわからん。私もなんどかそう言う局面に接したけど、
いつも本気で言葉を本当に言わなきゃダメなのかってギリギリまで問い詰めてるのに。

私がやりたいのは、最終的に占いに頼らずに生きる力をMAXに引き上げて
卒業させる六力です。
せめて定期的に会うとしても年に一回くらいのペースに持っていきたい。

いうならば、諸葛孔明になること以外に興味はないです。
まず最初にあなたがどういう人間なのか?という部分を聞いてくれて
その個性を活かすために何が必要か?という展開をして
そこからそれぞれの人間関係におけるタスクを考える。

関係性のタスクを超えない限り、未来はきまらないと思います。
不安だとは思うけど、人は生まれる以上はやっぱ自分の力で生ききるもんだと思う。
私は鏡であり、現時点で予測される地図しか渡せません。

興味があるのは
いかに見た人が一番自分が納得いく形でこの世界に切り込ませるか、
そして
別な鑑定で言われてショックだった何かの裏の意味をもう一度一緒に考えること。
寿命とかね、恋愛とか、自分の生き方次第で移ろいやすく動くなにかは
いくら見てもきりがないのよ。

だから私は基本、見えない人たちを見ようとしません。
たとえとある人に悪い霊がついてても、その人自体の気持ちが曲がってたら
何度だって取り付かれるのよ、いくらお払いしても。

だったらその人を正しい軌道に還して、元気にするほうが数倍いいと
私は思ってる。そういう人は物怖じしなくなる。
だから、ただ安心したいとか、自分の気持ちを封じるために依頼する人は
容赦なくお断りです。基本は一回勝負で決めるつもり。

そして何より、私は自分が死んだときに
よく頑張ったなって笑って骨を拾われたいので
自分もそういって笑顔で葬式にいける戦友を求めてるってのがでかいです。

それでも.....ってかたは以下をご覧ください

30分1500円、最高2時間まで

一日の対応人数は最高で4人までです。
池袋サンシャインシティ近郊まで来てくれて交通費とドリンク代は別途個人負担。
悩み解消というより、自己投資の一環として向かい合ってくれるひとを求めます。

今回の開催予定日は 12/13.14.17.20.22.27 

13日、20日、22日、27日は夜18時以降。
14、17日は夕方までの間で。

価格基準は私のライブ一回分の値段です。
大体30分であなたはどんな人かいなって話が終わるくらいかな。

んー希望の日と時間帯、何か特別にききたいことがある人は
自分の専門分野でカバーできるかどうか事前に知りたいので
その辺そえてメールくださいませ。

ではこんな感じで。

|

2006年12月 9日 (土)

荒野に叫ぶ馬鹿女一名(ライブ写真つき)

Pc080026Pc080007

リハにて。ついて早々、ギターの音色を破壊するという
シールのベタハリ状態をマスターに怒られました。

でも、申し訳なくてですね、いえませんでした
「いいんです、パワーコードびきですから」なんつって。

会場でて飲み屋にはいったら右ひじのあたりがちょっと腫れてました。
首を傾げてると友人が

「あんだけ叩けばそりゃ腫れるわ」

といいましたよ。

殴りすぎで破壊が心配されるほどだったとか。

そういえばお店にも、「ちょっとギターを殴りすぎです」と注意されました。
でもね、褒めてももらえたのだよ。

あいかわらずチビッコには絶大な人気らしく、客席から
「オトコラシー」と声援がきました。
王様の耳はロバの耳以降、子供の言動は正直といいますからね、
相当にそうだったんでしょう。

来てくれた皆様ありがとうございました。
一人一人にお礼が難しいので、ここでまとめて。

今日ライブを見てくれた人が漏らした印象的な感想。
1.たぶんクラッシュとかのライブの一番最初ってこんな感じだろうって気分に
 なった。
2.男前で仁王立ちだったから写真映りは最高であろう。
3.ゴートゥDMC(と思わず言ってしまった)
4.そんでもってクラウザーアリスと命名された
5.シドヴィシャスと琵琶法師が一緒に立ってみえた

で、ライブの後は
「俺の言動きたないけどさ、それでも今夜はイチゴのパンツなんだよ!!」
というMCの確認作業のために
酒飲みながらのパンツ検査があったのでちら見せしたりしました。
紐タイプだったのでさらに評価があがりました。

衝動だけです。アタシには。
衝動と友情だけ。

突き刺され。そうおもった。
この衝動を二度と見たくないなら、せめて最上級のトラウマになりやがれ。

次は1/17です。

|

2006年12月 7日 (木)

宿業に沈む。

Msg116054778249







父さんは言った 息子よ
大きくなったら
傷ついたものの救世主になってくれるかい
打ちのめされてダメージされたものたちの?

12歳の時、ある日突然クラスメイトとコミュニケーションできなくなった。
大好きだった女の子とも話せなくなった。
嫌われていたわけでもないのにどうしようもなかった。
すでにクラスの頼られ役だったからうまく弱くもなれずに
混乱する状況の説明も出来ずに
ある日死にたいとつぶやいたら、クラスのみんなは遠巻きになった

帰りの会で議題になったとき
やっと誰かがいってくれると思った。
だけど大人も親も遠巻きだった。

中学入ったらクラスメイトに敬語で話された。
自分にまとわりつくのは光GENJI好きの粘着質の女の子只一人。
親父がストレスから不眠になった。
隣の部屋で寝る私が愚痴の聞き役になった。
母上が困惑した
さらに母の悩みを聴くようになった
移ろいやすい彼女の心情を思えば
今自分が学校で置かれている状況を話すには酷な気がした。

そして私が口を割ったら家族が崩壊すると思った。

体がそんな私の心情を代弁して壊れた。
担任が気づいた。
やっと救われると思ったが一年でトバされた。
以降、ちょっとでも自分の内面を話せそうな人はみんな遠くに言ったので
ますます何も話せなくなった。

19のとき、やっと聴いてあげるという予備校の講師にあった。
彼の時間が空くのをまって、二週間心待ちにした。
もう自分は感情の在り処がわかんなくて
氷みたいに感じてたから救いだと思った。

二週間後の台風の日、彼じゃなくて一緒にいた同僚の講師に言われた
「先生は君一人のものじゃない」
わかりましたと会釈して帰った。

その日はじめてカッターを持った。
自分がここにいるということを自分で教え込むには痛みしかなかった。
それとずっと聴きたかった言葉を待った。

さらに遠巻きになる人々。

最初の男に振られたとき、父は言った
何でそれをするんだ?
「お父さん、ごめんなさい、行為の説明は簡単なんですけど
複雑すぎて言葉にはできないんです。私がすべてに口を割ることは大事なものを
壊すかもしれないんです。」
だから何も言わなかった。

友達のお母さんがカウンセラーになった。
抱きしめてもらってもう大丈夫だと思った。
彼女は私を好きになったといった。そして相談内容を明かして実母を説教した。
高笑う彼女、うつむく母親。
以降母がすがるように笑うたび、他人に心をわったことを後悔した。

助けを求めれば人が離れ、話された人は人を傷つける。

だからぶちまける場所を求めて詩人になった。
支持されたことを理解者だと勘違いした。
名付け親と喧嘩して、会場の人に非難されて
認められたのは心ではなかったことを知った。

また身体を傷つけて。
でもダメだと教えてもらって
板に向かって版画家になった。

こころの理解は誰にも求めず。
ただつながれれば良しとして、自分は作品の影に身を潜めた。

霊媒になった。

リストカッターの女の子が腕を見せて前世を知りたがった
状況を説明しようとしたからさえぎって抱きしめた。
耐え切れない思いに泣く人がいた。
話してみなって言ってみた。
会話が混乱する人にあった。
状況はあとでまとめることにして話を聞いた。
様子がおかしい人に一言だけメール打つ。
気になる人がいたら作業をとめる。

すべては、シックスセンスが命じたんじゃない。
自分がかつてしてほしかったことだった。
心がいたい人をみると、自分の中のミラーニューロンがうずきだす。
自分がもらえなかったものを人に返したら幸せになるんだと思った。

それでもグワッと来る人を抱えきれずに聞いた相手に思いを吐けば
体の関係で答えを出そうとされ
都合のいい時だけ人に返る奴と罵られ
あなたは強く生きるべきと足蹴にされた。

私が人の異変にきずいて声をかけても
私に同じことを同じタイミングでしてくれる人はなく
私が只聞こうというスタンスで接した人は
私では受け止められないと困惑される

その痛みがますます、誰かの痛いと反応し、Give and Takeが崩れた。

どうしようもなくなった私はついに唄を歌った。
歌う場所がほしくてライブハウスに行って何だか受かって
明後日が本番という昨日、技術力の不安とそれ以上の恐怖でパニックして
泣き崩れた。

唄うことまでもが誰かのものとなったとき
私は私一人のために存在するものをすべて失ってしまう
という恐怖が尋常じゃない頂点に達した。

人は言う、甘えるなと。
でも時には甘えたくなるよね、とそう私が接した人に私はキレられる。
返せとは言わないけど、

あなたに人は救えてもあなたが救われることはないという言葉が身にしみる。

ときどき感じることがある
彼女に見守られてるって
かと思えば逃げ出したいときもある

SFのギャラリーで、オレゴンから来たギャラリーアシスタントの
22歳の男の子と話した。楽しかったけど「違うなあ.......」と思った。
自分から踏み込んで二度と連絡取れなくした人を思った。
「違う」ということについて思考が進むとき、耐え切れなくなって
ホテルのベッドで「胸がいてえよ」とつぶやきながら寝た。

翌朝、二日酔いの予防策なしで寝た私の寝起きは最悪だった。
いつから私はこんなに演歌の男みたいになったのか。

帰りの飛行機で、隣の中国人男性が親切にしてくれた。
あげた名刺にキスをして、お守りにあげた石にもキスをして
電話をしてといわれた。
でも、一瞬でも「肝ッ.....」と思った相手はやっぱ恋じゃないと思う。

愚直に信じてた。
行きの飛行機の荷物チェックで、
チェックのお姉さんに七つも突っ込んだス○ンを見て無ぬフリされた恥ずかしさを
背負っても、信じてた。
私を支え続けた最後の砦のロックさえ共有の産物にしてしまう私に
御上は私をみつめて支えてくれる男をくれるって。
なぜなら私は本当にもう疲れていたから。

SFで私が知ったのは、自分が何故モノを作り続けるのかという理由と
前世が知る歌と、思った以上の喪失の胸の痛みだった。

絶望すればするほど声が変わるのがわかる。
唄が強くなり、作品が愛される。

もし自分が、この世界の創造主だったらどうするか考える。
己を救うために作った何かでさらに数人でも影響を与える人間に
何かを作らせることをやめさせるだろうかと。

ロスでみた男という希望は、序章ではなく
永遠に失う代償の具現化かもしくは
私はそのとき選んでしまったのかもしれない。
助手席で手を取らなかったことで、何も告げなかったことで。

そして、17年のすべてを知る。

御上は、

御上は何かを作り出して昇華できる人間に救いを与えない。
只黙ってそのチカラを引き出させるためにすべてを遠ざける。
そして私はその絶望の中からモノをつくり続け、
それは巡り巡って誰かのものになるかもしれない。
その結果、作り続けるものにハイクオリティを求める限り
多分私は一番ほしかったシンプルな何かを得られない。

これがモノツクリの私に課せられた業であり代償なのだ。
そして私はそれを受け入れるしかない。
だって私はモノをつくることしか出来ないのだから。



帰りの会で議題になったとき
やっと誰かがいってくれると思った。
「 ど う し た の ? 大 丈 夫 ? 」
って。

「とりあえず話してみ?大丈夫だよ、どこにも行かないから」
っていわれるだけの問いかけ。

何を話してもニコニコと聞かれるだけの空白。

もしくは、言葉にしないことさえ許される寛容というぬくもりの何か。

12歳の要求して当然のことは28歳のわがまま。
だから私は幼いコドモに大人であることを強いる社会を永遠に憎む。
なぜなら受け取っていい時期に受け取れなかったものがもたらす代償は
あまりにも大きいのだから。

どうしたのって聞いてよって言えなかった。
そうやってもらえるどうしたのはすでに私が人を使って作った作り物だと思ったから。
だからどうしたのって言ってあげてと言う。
それは誰かには作り物にはならないから。

僕は自分の傷をさらしだす
声援を送って
すべての傷ついたものたちに
よく聞いて
これが僕たちの正体なんだから

公衆の場で明文化することは、それを与えられないものにするのではなく
自分の意思で捨て去ること。
午前三時で涙が止まって、布団に入ってこれを決めた。
私がものを作り続けるすべてを才能というのなら
わたしはその業を受け入れようと思う。
一生ニートとかいうぬるいものじゃなくてもっと強く。

僕はただの人間
ヒーローなんかじゃない
ただの少年がこの唄を歌わなくてはならなくなっただけ

恵まれた環境で生きる私が何を言っても説得力はないけど
でも、本当のことを書けばたった一度でいいから、
許されてみたかった。

僕たちは続いていく
僕たちは続けていく
たとえ君が死んでしまっても 信じてほしい
君の記憶は生き続ける
僕たちは続いていく
君が傷ついて打ち負かされたって
残された者は疲れても進み続ける

アタシは近藤彩からはじまってDr.MiLkになってこんどうあやになって
美虎になってキックでVivienneで
これからももっと変わるかもしれないけどさ

もしも君がこの長い文章を読んでて
私が倒れるまで友達だったら約束してくれる?
骨を拾ってほしいの。
どういう形でいつ終わるかわかんない人生だけど。
そしたら私は心からきっとあなたを信頼できる。

そしたら私はプライドを貫いて海に飛び込んだ前世と
あいも変わらない感じで宿業に沈み
この身体を納得するまで使い続けることができるんだわ。

なんつってね、どうぞよろしく。
さー明日、何唄おうかな。

[WELCOME TO BLACK PARADE]/MY CHEMICAL ROMANCE
より太字部分歌詞引用。

|

2006年12月 6日 (水)

一生ニートでも構わないと思う。

と、いう覚悟を決めた。
自転車に乗りながら。
とはいっても来週から電話番の仕事をするんだけども。

自転車に乗るのは二年ぶりくらいであって
小型自転車特有のハンドルの甘さにガクブルしながら
立ち漕ぎもままならないまま12月の池袋を走り抜けた。
成田から実家に帰国したついでに父から自転車を戴いたのだ。

テスト運転で風を切りながら
相変わらずシスコでも作品のウケはよかったなと思う。
自宅に帰ったこともあって自分の資産価値をフレッシュネスでコーヒーを
飲みながら計算した。

私の作品の販売額で最高額を記録したのはed/20の作品が12万で売れたときであって
つまりそれを買った人は私の版画に12万x20(全部摺った時のお値段)=240万
の価値を認めたことになる。

その作品は確か展示前にあせって三日で作ったのでつまりその人は私の日常に
240万÷3=80万の価値を信じたことになるのだ。ひょえー。
そんなことを今更気づいた。

その頃の私はテレフォンオペレーターの仕事で相当におちこぼれであって
最高に自分をダメだと思っていたので皮肉なもんだなあと思う。

今日もお昼ご飯を食べながら祖父であるCEOがいかに私の作家生活を
支えるかという夢を語るのを口角を上げながら聴いてみる。
いくらなんでもそれは無理っしょ?と内心思いながらも彼の幸せそうな顔を
素直に見つめる。

他人がどうやっかもうが、非難しようが少なくとも
私は作品に専念したほうがはるかにたくさんの人を喜ばせている。

誰もが、作品に専念したからといってNYで売れるわけではなく
誰もが、作品に専念したからといってシスコで展示が出来るわけではなく
誰もが、作品に専念したら買われる作品が作れるわけではないならば、

やはり私はこの世界に一点でも多くの作品を残すことが
ものすごく大きな意味で仕事なのではないかと思った。
それはなんていうか、義務とか使命とかに近い何か。

このことを本気で認めるのに、28年という歳月がかかってしまったのは
おそらく、私が自分の人生のすべてを人からの尊敬と賞賛に値する美談に
したかったという欲望に他ならないと考える。

でもそれは、土台無理なことなのだ。

そして、たくさんの人に愛されても、たった一人であっても状況はかわらないという
認識が私にさらなる覚悟を促した。
どちらにせよ、私を救える人は誰もいないのだ。

制作に殉ずることの代償は
私が一生かけて自分を追い詰めて問い詰めながら作品を作ることと
結婚願望の放棄だと考える。

なぜならば、結婚とは男との社会生活の支え合いであって
作った作品が必ずしも生きているうちに確実な金銭的価値を生じない私は
今同時進行でそれを望んだら軸がぶれてしまうのだ。

でも行くしかもう道はない。
なぜならば私には表現すること以外にまともに出来ることがないのだから。

昔テレビの収録で小倉優子りんに
「ロックってなんですか?」とまじめな顔で聞かれたことがある。

その時は答えられなかったけど、今なら言える。
私にとってロックとは喪失の美学なのだ。
たくさんの可能性を棄て続けて最後に残ったものにかける、
いつもそうしてきた、そしてこれからもそうだろう。

そしてこれは同時に
私にとっての女武士道でもある。

|

2006年12月 4日 (月)

帰ってきた、帰ってきたよ。(コメント欄開放)

シスコからかえってきました。

最終日の今日は朝から二日酔いでホテルで吐くことからはじめましたよ。

で、隣の席のチャイナの御方に親切なんだか

アプローチなんだかわかんない待遇をうけてきました。

例によって全部かけない。どうしようかな~。

馬鹿話が聞きたい人は8.9.10のどれかのイベントにご参加くださいな。

で、ネタがないんで今日はコメント欄開放。

何か思うところある人どうぞ。

| | コメント (5)

« 2006年11月 | トップページ | 2007年1月 »