« 引越し準備はもう...... | トップページ | 男といふものは »

2006年11月16日 (木)

独白。

この前、元彼ジョニーくんのお母さんと電話で話をした。
議題はずばり、

「彼は幸せな結婚ができるのかどうか。」

最近通っているロクリキさんが何だか不安になる言い回しをしたので
その言葉の前向きな解釈を試みたのだ。
最近、こういうことが多くなってきた。

神の言葉だからって、
相手に聞こえるのは自分の存在と声であるということを忘れている人が
あんまりに多いと最近思う。

見えたビジョンを現実にどうおろすのかは人間の技能にかかっているのに。

「私が付き合ってたときのジョニー君は~」
って会話をしながら、なんかその言い回しにちょっとおかしさを感じる。

彼女もそうみたいで、彼が実家に帰ると
「きっとあやちゃんはこうおもってのよ!」
と、なんだか私の弁護をしてるのがおかしいという。

「あやちゃんは今恋してるの?」ときかれて

「うーん、答えていいものか.....」と他人のケースを参照しようとするも
もはやそれ自体がないのだと気づく。

私はミエルようになってから
彼と付き合っていたころよりもママさんと親しくなり
おじさんとは亡くなってから話すようになった。

これが私の日常だ。

最初に付き合った男は
私がシャーマンとの初体験のトラウマで混乱してるときに出会い
身体で癒そうとしつづけて結局私に飽きた。

他の気持ちの対処法が見つからなかった私は、
一時彼の身体に固執した過去がある。

そんな時彼がいった
「俺、前に自分の母親に彼女が精神科に言ってるって話したらさ、
そんな女にうちの敷居はまたがせないっていわれた。」

絶句した。

あきらかに悔しさに光らせた目で理由を尋ねると
彼はすこしどもりながら
「.....暇だったから」
と答えた。

そんな私がジョニー君と恐怖を超えて付き合うのは
なかなかに大変で、私は彼が聞きたくない過去を嘆いて話しながら
不安を殺そうとし、殺してもらおうとした。

彼は言った。
「大丈夫だ、俺は嘘をつかない」
みてろよ、本当だ。

本当だった。
彼は去らなかった、去ったのは私だった。

今だからかけること、新しい恋愛を踏み台にしてアクセルを踏むように
逃げ切った。

こんなに今でも彼を尊敬しながら
別れなければならなかったのは今なら簡単に言葉に出来る。
彼を恨みそうになる自分が嫌だった。

彼らしくいてほしくて、それを尊重したかった。
言葉の厳しさも、許せないものの多さも、
彼のメリットの裏返しだと思ってた。

「厳しさがなかったらジョニーじゃなくね?」という彼の友人の言葉を
納得してこころに刻んでた。

でも、「最近あやさんおとなしくなったよね?」とか
「自分らしくいたかったから男と別れた」なんて人の言葉に飛び出しそうになる
こころの衝動を押さえ込んだ。

命の恩人でしょ?
厳しさは愛でしょ?

でも、TVみてうちでくつろぐ後ろ姿に年が経つごとに悔しさがにじんだ
「私は、あなたがあなたであることを認めてる。
 だけど、あなたはそれを認めてくれない、
 その自由は私の犠牲の上に成り立ってるのよ?」
そう思いそうになる自分の心を見つめ続けていた。

入社したての彼と話があったら、彼も励ませるし私も彼が知れていいかもしれない。
そう思って彼の会社の子会社で働いた。

彼がうちでアイデアを考えたら、私も刺激されるし
彼もやる気が出来るかもしれない。
そう考えて部屋の一角に机を配置して作業用具のおき場所も用意した。

でも彼はごろごろするばかり。
しまいには私のこういう部分が彼の努力する気持ちを殺しているんじゃないかと
思いつめるようになった。

恨んで、というか、犠牲という認識をもって一緒にいるくらいなら
離れても尊敬して愛していたい、
そんな思いが掠めるようになった。

そして私は離れた。
少し広くなった部屋で、淡々と過ごす自分を感じながら
「自分を殺しちゃいけないんだ、やりたいと思ったことになんでも挑戦できる自由を
 失っちゃいけないんだ」と私は痛いほど認識した。

愛したジョニーを振り切ってまで走った人は
彼女のほかにも女の子がいた。
女なくしては自分を維持できないほど、心が不安定なんだ
と彼を見て私はそう思った。

彼のバンドのグッツを作った。
メールでやり取りしてるこの頃が一番楽しかった。
関係してから、メールは途絶え気味になった。

タイガーリリーはいった。
「好きなら会いに行きなさい、私はそうやって押して今の男を得たわ」
私は行かなかった。

「神さまぶって何様のつもり?そんな人としての感情のない
 あなたに恋愛なんか無理よ。」

私は、ツアー前日の彼が只でさえナーバスになってると思い
その状況下で自分の欲求を満たすために強引なアプローチをすることに
意味が見出せなかっただけだった。

今では彼女は私と彼を題材にした歌を試聴サイトにぶち込んで
「これがあなたの幸せなのか?」と絶叫していると聞く。
これがネタでなかったら一体なんだというのだ。

誕生日にその彼との連絡を絶った。
愛してたけど、かなわないから、その空白を、愛ではなくて自分の道を
突き進むのに使った。愛情の渇きを、自分の意思が超えると思った。

でもジェンガが崩れた。
すべてのシックスセンスの混乱が収まったら、もう一度会えるんじゃないか?
という希望がすべての中心だったことから目をそむけていたらダメなんだと
思った。

私は言った。
あなたがいないと生きてはいけない。

彼は言った。
愛情の穴を愛情でしか埋められないのは凡人です。

あえいだ。
悔しかった。
その努力をどんだけ血のにじむ思いでしてきたか知れなかったのにと
人間的な感情で思った。

翌日、私が送ったCDが届いたらしく
はしゃいだメールが何事もなかったかのように届いた。
わからない感覚だった。

彼は女の子が切れないままで日々をすごし
私は自分のすべての感情を認識して先に進むことにした。
グッツの売れ行きは非常によいらしい。

リリーはいった「彼はあなたと関係したらほしいものが手に入る」

その日私は戸惑った。
不安定な精神コントロールで人と、ましてや身体で交わるってことは
この人に混乱を起こさせるんじゃないかと思った。

彼はいった「あなたと寝るのはもはや僕のため」

でも、最後にもらったメールにはこうあった
「僕は謝りません。関係することで、あなたの何かが開けると思いました。」

正反対やん。しかも、謝れなんて一言も書いてないぞと思った。

この国はチップの国ではないけど
何かを請け負って、作品の一部を提供して
一度もゲストでいれてくれたことのないバンドは初めてだったし
出来たグッツのサンプルをもらえなかったのも初めてだったの。
あーいやらしいしかっこ悪いけど、
少なくともそれでも、私の周りには本当にいなかったの。
作業費って関係だけですべてを清算するひとが。

それまで私が知ってたのは私が手がけたわけじゃないのに紹介したってだけで
CDくれたりとか、もういいです、お金払いますとこっちが言うまでゲストでいれようと
してしまう人の情とか恩に過剰で不器用な人たちばっかだったから。

昔、ファッションショーに出た時にジョニーが言った
「いいかい、あや、本当に心から来てほしい人には自分でお金を出すもんだよ。」
合計四枚のチケットを自腹した。

その中には亡くなる直前の祖母にあてたものがあって
ステージから彼女が目をきらきらさせた姿をしたのをみて
「ああ、本当にそうしてよかったな。」と思った。

そして今でも私は愚直に自腹ルールを守っている。
一生、続けられたらとも思う、一人でも二人でも。

彼とはルールが違ったんだと思う。
私が力を引き上げる道しるべとして出会ったんだ、感謝しなきゃとも思う。
でも、どーーーーーーーしても、一方で
「これがいいとこドリされるってやつかあ......」という気持ちと
「このままでいいのか?お前はキリストじゃないんだぞ?」という気持ちが消えないから

彼になんかするんじゃなくて、自分を向上させて気持ちに落とし前を
つけることにした。
仇討ちとか、なんでもいいけど、向こうの関係者にどう思われてもいいから
吼えて走ることにした。

とにかく音楽を始める、そして100人集客という目標にむかって動いて達成させる
ということさえきちんとできれば後はどうでも良かった。
で、ライブハウスまでこぎつけた今、私の気持ちは落ち着いている。

すべての感情はギフトだと思う。
押さえ込むんじゃなくて流し方を覚えればいいんだと思う。

こんな経緯をたどった自分だからこそ、
今のスピリチュアルがネガティブさとかある一定の感情をないものに
しようとする風潮が片手落ちな気がしてしょうがないのだ。

実際に、自分の中の心の傷を、スピリチュアルな言葉で封印して
みないようにみないようにはまってく人をよくみる。
何の解決にもならないのに。
そんな乱れはすぐに見抜かれるのに。

そして私はオリバーに出会った。

シックスセンス事件簿が、昔見た映画の話みたいに自然な会話で流れて
木版画家の六九な作品作ってるこんどうあやさん、でも
シックスセンス上等でなんでも知ってる美虎さん
じゃなくて
この人は「AYA」で仕事は版画家、って認識なのがうれしかった。

アタシは、アタシの好きなあたしでいて、
そのままを受け入れてくれる人に恋愛ができるのだ、
こんな人を好きになればいいのだ、
という希望の地図をもらった気がした。

おととい、彼の夢をみた。
ロスのダイナーの簡易ステージで私は途中で歌うのをやめて
つっかえたりしながら勝手に唄をつくってステージを降りると
ニコニコッとして彼が待っていて、

「ご飯いこうか?」って話す夢だった。

おきるのが嫌になったので寝たふりをした。
フリ疲れして起きたとき、
「ああ......私、誰かにすべてを受け入れてほしいのかもしんない。」
と思った。

彼が日本語が読めないのと、スタッフさんがナイショにしてくれると
勝手に認識して書けば

今でも彼を愛している。
と、思う。

私がアップロードした写真を無邪気にサイトに載せているのをみながら
「この人を思って何が出来るだろう?」と私は考える。

少なくとも、本当に彼が目覚めちゃったときに、
少なくとも、友達で助けたい人がいるとかそういうことを思ったときに
すぐに連絡できる距離感と、このチカラを維持しようと思う。

嫌なのだ、

本当に必要な人が私を呼んだときに私がそばにいないのが。

でも、彼がそうする保障なんてないし、そんな事態すらないかもしれない。
だけど、この行為のなかに私の幸せは確実に含まれている。

「幸せになってくれ」といわれたら戸惑う。
彼らの思う幸せの状態と私はズレているのかもしれない。

 別れたての頃、
ジョニーママンは言った。
「私はこんどうあやのファンよ、これからもずっと応援するわ。」

そして彼女は今、私のブログに頻繁に感想メールをくれる
三本指に入る読者さんである。
ジョニー一家が嘘をつくことはない。
だから私は今も救われている。

だからおじさんのメッセージにも心を添えて耳を傾けられる。

付き合っていた頃から思っていた
「この男の子を育てたお母さんはどんな人なんだろう?」と。
あってみたかった。

そして今、私はこっそり彼が帰らないすきに
一人家を守るジョニーママンにあいにいけたらいいなと
ひそかにプランを練っている。

きっかけも関係も重要ではない。
引き合う気持ちに素直になって自分を流せばいい。

私の人生はちょっとネタっぽくもあるけど、
28歳の若輩者でもこれだけはいえる

どんなに苦しくても悲しくても、
私は生きることをやめることができない。

なぜなら、私は生きるということの真裏にべったりと張り付く
希望というエレメントが最高に好きでそれを信じているからだ。

|

« 引越し準備はもう...... | トップページ | 男といふものは »