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2006年11月28日 (火)

生涯でただ一人の夫を狩りに行く旅。

あさってからサンフランシスコに旦那を狩りに行ってきます。

本気です。

と、いうか見つかると思っています。
狂信的に信じています。

おととい、祖父マサヒロCEOが再上陸しました。
ちなみに彼はバロウズに似てるなと最近思いました。
余談です。
Dscf1835













千鳥格子のおしゃれなズボンを履いていたので
「いいじゃんそれ!」
といったところ、ゴルフで履いてた奴じゃと返事が。

「そういえば最近ゴルフしないよね?」ときいたところ
彼は空腹の腹いせ交じりに一言こういいました。

「絶ったんじゃ。」

「最愛の人が死んだから、自分の一番大事なものを絶ったの!」

そういえば六年前の葬式でそんなことを言ってたのを思い出し
それを実行してた愛情の深さにいまさらながら驚嘆しました。
男の一途は胸を打ちます。

さて、そこまで愛される祖母ですが
彼女の弟曰く
「姉さんの男選びは完璧だった。」と先日の七回忌でしみじみ。

場合によっては身分証明を取り寄せてもいいくらいよ、と
アドバイスされた彼曰く

実は祖母は祖父と見合いする前にちょっとイイヒトがいたらしいのです。
だけど、祖父と見合いしたらすっかり祖父一途になったんだとか。

見合いの席の合図が
「気に入ったら目の前のお茶を飲み干すこと」だったわしらは
合図を迫られたとたん、二人同時に飲み干したんじゃ....

というのは祖父が何度も語る話です。

「エツコさん、今に見ていて
 僕はね、今は君の親より貧乏かもしれないけど
 絶対に部長クラスになってみせる。」

そういって誓った若き祖父を笑っていたという祖母はその数十年後には
取締役婦人まで登りつめましたとさ、という完璧ぶり。

さて孫はどうかといいますと......

先日海外のマイミクさんから送られたにきびの薬を早速塗りこめつつ
「もしこれでシスコに行く前に肌荒れがなおったら私、きっとシスコで
 恋愛するんだ。」

と勝手に確信していました。

そしたらおさまったんだよにい~........まだ完璧ではないけど。

で、しかも彼女の眷属ちゃんに恋愛アドバイスをもらったのです。
「美虎ちゃんは自分が思ってる以上に女だよ。」と。

で、私は彼の言葉の意味を考えたのね。
フレッシュネスバーガーでコーヒーを三杯もおかわりして
その男の感覚的なイメージを捉えようとしてました。
(て、ホントはスケジュールを確認してた)

したら急に、ひらめいたの!!!!!!!
二杯目のコーヒーアンドシガレッツのあとに。
こういう男を選ばなきゃってタイプが。

いつも振り回される男と泣きの恋愛をしたあとで
あたしが人生を自分の足で切り開こう!とする直前に
いつも片思いで終わるんだけどちょこっと現れてでもぱっと消える恋愛対象の男が
決まっているんだけど、それこそがそうなんだと。

そして薬を送ってくれた恋愛マスターでもある彼女が
私に心をこめて打ってくれた恋愛奥義のメールの意味がクリアにわかった。
まるで視界がひらけたみたいなアハ体験でした。

どんな男なのかって?
もったいないから言いませんよ、そんなもん。
つれて帰ってくるからそんときに「ああ~!」と言って下さい。

ただ一ついえることは
私の本質を覗いた人は私から砂漠を感じて水を与えようとしたけど
それは惜しかったけど正解じゃなかった
ってこと。

あなたには「水色の人」が
水のようなさわやかな音楽が
水を人生に取り入れることが.....
でも、何故かTOO MUCHな感じが消えなかった。
納得はしてたのに。

私は荒野にいても荒野ではなかった。




私は サ ボ テ ン だったのだ。




だから私は水の供給に対して根ぐされを起こしかけてしまいそれを嫌ったんだと思う。
私にとって水とは自力でくみ上げるものであり
同時にそうやって自力で自分の水を汲み上げる喜びに近い感じで
生きている実感を享受するイキモノなのだと思う。

そしてだからこそ
私は鑑定したりそうじゃなくてもベッタリした人間関係を嫌うのだと思う。

仮に私の優しさが水だとしたなら
私の水はオアシスではなく、手持ちの水筒の一口を差し出すようなもので
それを得てのどがカラカラの旅人が潤ったら彼が自力で歩くのを望むのだ。
私の水筒からの供給を望まれたら、私の飲み水はなくなってしまう。
なぜなら私の水だって限られて生きているからだ。

そう思ったら私は心から自分が乾いているのに気づいた。
アタシは心からむさぼる水をもつ乾いた大地を探している。
引っ越してすぐ、近所のストーンショップでまだ見ぬ彼にシスコで渡す石を買った。
これを渡す人が夫かどうかはわからないがとにかくこれを渡すべき人がいる。
髪も切ってイメチェンしたしね!!

幼きころから
絶対に外国人の夫だけは連れてきてくれるな、
という母の願いを早々に絶とうとしているのが申し訳ないけど
前例を覆すのが一族の発展なのだ。

次は絶対にわかる、
絶対に選べる、
私が誰といるべきなのか、そして誰を選べばよいのか。

オラクルカードが言った
「あなたが望めばもう会える」と。

エキセンな祖父の孫であり、
同時にしっかりものの祖母の孫ならきっと私は選べるだろう。

あの男もこの男も違った
そしてあの男は近かったけど縁がなかった。
だけどどの恋もどの男も真剣に見つめなかったら多分確信して選べる恋愛のチャンス
というか自信をもって「この男こそ。」と踏み込める恋愛をする権利は選べなかったと
思う。

私はタイムリーな瞬間で幸せを語ることが滅多にないんだけど
自分で必要なものをはっきりと確信して選び取れるという今この瞬間の気分を
実は今みなぎる感じで幸せだと思ってる。

次は旦那だ。
絶対に旦那だ。
確信してそう思う。

さて結果は、早くて12/4、遅くて12/9の日記、もしくはライブの12/8のMCにて。

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2006年11月26日 (日)

ロクデナシのための希望行進曲。<完全版>

オレ、MAGDARA6 ヴォーカル、Vivienne。
みんな元気?

簡単におだてにノッテ完全版をUPします。

「02_.mp3」をダウンロード

うっかりこれを聴いてからライブに臨む方々は
酒の力を借りてでも
オーオオオーのところで一緒にシンガロングすること。

これを鉄の掟の侠弟仁義「キョーダイジンギ」とさせていただきます。

三時間スタジオに入って、それから昨日のライブを反省して
よくわかりました。


エレキの音しかオレは合わん。

以下、歌詞を掲載します。
11/26以降ですね、これとおんなじ唄を自分の曲として発表した奴を
見つけたら通報してください。

速攻で喧嘩売りに行きます。


「ロクデナシのための希望行進曲。」
作詞/作曲 Vivienne_Alice

何度でも あきらめない 僕たちのための唄…….

オー オーオーオー オーオー

オー オーオーオー オーオー

オー オーオーオー オーオー

オー オーオーオー オーオー

 

太陽に焼かれる昼下がり One day

ペットボトルで ソーダ水がはじけ

猫背のオレには 取り柄なんかないけど

オレの唇には 唄がある Yes!My Song!!

 

ロクデナシのまま この世に生まれてもなお

何度でも あきらめない 僕たちのための唄

 

オー オーオーオー オーオー

オー オーオーオー オーオー

オー オーオーオー オーオー

オー オーオーオー オーオー

 

西口のマクド午前三時 Sunday

ダイジョウブって君は笑うけど

あふれる涙をわびる理由はない

だって 乾いた瞳に希望は見えない No Future!!

 

聖者らしく笑うこともできないままで

それでも 生き飽きない 俺たちのための唄

 

オー オーオーオー オーオー

オー オーオーオー オーオー

オー オーオーオー オーオー

オー オーオーオー オーオー

 

 

お願い御上 唄をください

僕らが強く生きる キボウノタメノ唄を....

 

アアアアア ただ道を行く

アアアアア 鼓動を鳴らす

アアアアア 唄い続けて……..明日を見つめる

 

ロクデナシでこの世に生まれてもなお

何度でも あきらめない 僕たちのための

聖者らしく笑うことも出来ないまま

それでも生き飽きない 僕たちのための

僕らが強く生きる ....キボウノタメノ唄を

 

オー オーオーオー オーオー

オー オーオーオー オーオー

オー オーオーオー オーオー

オー オーオーオー オーオー

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Vivienne歌唱、初公開。

Dscf1491
と、いってもですね、
何故かCDRのファイナライズに失敗して1分くらいしかとれてません。
まるでバンドのHPのサンプルみたいです。

音楽用CDRは高いので、これも御上の意思だろうということにして
このままUPします。

タイトルは「キボウソング。」です。

「01_1.mp3」をダウンロード

ちゃんときけるんかいな?

なにか思うところがある人が出るかもしれないので
今日はコメント欄を解放します。
トラックバックもね。でもエロサイトがリンク貼ってきたら消します。

ちなみにやめろとか書き込んでもやめないし
パクった日には呪い殺しますよ、
........といってもそのレベルにすら達してないか(笑)

これがこの前心を食い破ったとか大騒ぎした曲です。

マンPだの3Pだのどうしようもないコメントに関わらずアドバイスくださった
みなさんありがとうございました。


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2006年11月25日 (土)

負けてたまるか。

Dscf1859多作のトライアルライブを失敗し、
初のダメ出しを食らいました。

曲の単調さとチューニングの甘さと
簡単に言えば技術力全般の不足を
指摘されました。

自分でわかって踏み込んだことを
指摘されるとありがたいけど一方で
素直にむかつくものです。

たぶん、たとえるなら目の前のりんごを「ほらりんごって赤いじゃん?」っていわれると、
そんなのわかってるわ!!といいたくなる
類の感情のゆれなんですが、ここで果たして目に前のりんごは....という議論をすると
哲学の領域に踏み込みすぎるのでやめます。

自分でわかってやったことをくよくよするのは後悔であって反省とは呼びません。

家に帰ってMDを聴いたら、確かに単調でした。
オーナーの意見に間違いはないよね。
やっぱり一夜漬け、というか半日漬けでライブやっちゃだめね。

唯一観に来てくれた友人は
「見た中で一番濃かったのはまちがいない」とナイスフォロー。
あと、アコギで全曲パワーコードで通した男気を褒めてくれました。

それと共演者の人に
「ギターにオフダを貼ってるのは新しい!」とスタイルを褒められました。

追記すると、共演者さんを二人ほど鑑定して帰ってきました。
こうなるともうお役目です。

唯一の心残りは店長に
今日隣の神社の酉の市で右奥の店で売ってる熊手を買って受付に飾ると
いいすよ?というアドバイスができなかったことでしょうか。

自分がダメだしで出直しを命じられた後で
「あ、神社のですね...」なんて強引にアドバイスしたらただのオカシイ霊媒です。
そんな変人に見られるのは困るよ。

自分の中に気持ちよく響く音とが外にも気持ちいいかっていうと
やっぱ別問題なのね。

でも技術がないからライブに出ないってのもまた別問題なのよ。
だってもう私は歌わなきゃ生きていけない。

客が欲しけりゃ自腹します。
友情をダシに下手な歌に金出して来いなんていいませんよ。
一年かけて10万以上の金ためてギャラリーで展示してさらに
その間に毎日飲んでトータルで20万以上の出費する個展のことを考えたら
派遣一回分のお金で自腹できるライブは安いものです。

アコギでパワーコード弾くんじゃ音圧が足りないことはわかりましたが
コードを覚えるのを待ってたら三年は経っちゃいます。
そんなだるいの待ってられるか!!
これしか出来ないんだから仕方ないだろ!!!

でもサポートは欲しくない。
手持ち無沙汰になるし、やっぱり自分のオトは自分で作りたい。
魂でぶつかり合うメンバーに出会うまで。
依存者引き連れてバンドするくらいならアカペラがましだし。

飽きるまではディストーションかけてエレアコ弾きます。
いっそエレアコダメならエレキで弾き語りします。
負けてたまるか。

オレの心が折れない限りは、
御上ロックが屈することはないからな!!

アンドリューW.K.だって最初はラジカセのオケをバックに唄ってたんです。
バンドやるならボーカルとろうとする人間がたった一人で
人をひきつけられなかったら本物じゃない。
他のパートならともかくメンバーがそろわないから音楽できないだなんて、
お前の音に対しての必然は本気で発動してんのかよ?と思う。

CEOは私が音楽始めると知ったとき、呆れて「ほへー」といいましたが
「たった一人.....」と言いました。

「たった一人聞いてくれる人がいればそれでいいんじゃ」と。

今のところ、その一人はいるし
自腹するから来てよと言えばまだものめずらしさとかで来てくれる人はいるし
自腹する金がなくなったら、公園で弾くし
公園で苦情が出たら電話して聴いてもらうし
それが断られたら無人島に行きます。

RIZEってダンスバトルのブラックのドキュメントムービーでも言ってたけど
オレという人間自体が特注品であるならばそれでいい。
自分の価値は自分で決めます。

もうサンドバックにはならない。
あたしは、たち続けるよ、この世界に。

人にうっとり聞いてもらえる唄ならいらない。
難しいコードも要らない。
私はみんなとシンガロングがしたいんだ。
たった一人でグリーンデイでランシドでバッドレリジョンをしたいんです、今は。
だからフロッキングモリーのデイブ・キングみたいに
一人で唄いだす道を選んだ。

その点でアコースティックの会場よりオールスタンディングなハコを
選んだほうがいいかもしれません。
まずは前座でいいから。

とりあえず世界には60億近くの人間がいて
ライブハウスも渋谷だけでもまだたくさんあるし
少なくともマンスリーでブッキングしてくれるアピアがある。

ブレーカーの一個が落ちただけで
メインブレーカーの電源を落とす真似をしてはいけない。

まけない。

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11月24日、唄が魂を食い破る。

あい変わらず間違いなしで弾けないまま
ライブ当日を迎えております。

おととい、23日に歌詞がどーっと渋谷の路上で降ってきて
というか、全部のパーツが組みあがった唄を一つ
今日コードつけたら1時間もしないぐらいで出来たんですけど、

なんでかこの唄、
うまく弾ける前にどうしてもそういうの全部関係ないままに
デモでUPしなきゃいけない気分にさせられています。

唄が要求している。

表に出してと言ってきている。

そして私はこの唄を歌詞カード見ながらでも強引に広めなきゃ
いけない気がしている。カンであるシックスセンスが騒いでる。

でも、わかんないの....( p_q)
MP3への落とし方が。

カセットとかMDからでもMPでも3PでもマンPでもいいので
落とし方知ってる人誰か情報ください。

と、いうかすでに電話して人に聞かせ始めた自分が怖い。
あーあ、アホが一人ここにいるわ。

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2006年11月24日 (金)

荒野でまわし蹴り、それが私の夢。

弾けません。

悶絶と後悔に苦しんでいます。
20分ってなっがいなあ........。

いつものお気に入りの時子Mark2を手にする気にどうしてもなれないので
明日は帰ってきたばっかりのエス子をもってきます。

それから、もうこんな風になっちゃうなら
私の日常を破壊する人間関係を受け入れないぞ!!
と心に誓いました。

私の攻撃は守りかといわれると疑問です。
私はノーガードで攻撃してます。

メールでの口論になったとき、私が考えるのは
1.口調が激しくても死なない言葉を自分がえらんでるか?
2.このやり取りをみた第三者が相手のみかたについてくれるひとはいるか?
3.相手は孤立してはいないか?

そこを考えながら喧嘩するのが精一杯なので言葉は本気で刺さってきます。

昨日書いた以外によく自覚したこと、それは

♡♡♡好きなの、人間が♡♡♡

霊媒先生曰く私は試されるんだってさ
「人間はおろかだぞ?それでもお前は人を救うのか?」って

救ってるかどうかはわかりませんが離れる人はわかります。
小さなズレを感じたとき、いつかの離別の予感を感じます。
少なくとも対決することになります。

それが外れたことはありません。

それでも私はその決定的な日が来るまで関わり続けてしまう。
そんな時キリストを想います
「この中に裏切り者がいます。」
そうわかっていてもユダをどうにも出来なかった彼のことを。

パイメイにここ数日の心のゆれをたこやき買いついでに話すと
彼は笑いながらいいました。

「斬っちまえ。」
一言でいうならこういう内容でした。

「あやちゃん、人生が30年で終わる人も50代過ぎても続く人もいる
でも自分が何歳まで持つかはわかんない。だから自分の生きる時間を大切に
しないとだめだよ。」

人の可能性にあこがれるんじゃなくて、
人にあこがれられる人になろ。

でもどうしたらいいかわかんない。
だけど自分が好きな自分でいるのはなんとか出来る気がする。

アタシが予言された近未来。
6人ぐらいの何でも出来る集団をつくって家で活動するようになる
そして、私はこの家に恋愛も友情も呼び込んでしまう。
で、その男の家に転がり込んで結婚。

アタシの作りたい近未来、
留学でも短期滞在でもいいからアメリカ西海岸に住みたい。
で、チャイニーズアメリカンの友達と話せるように北京語と英語を身につけたい。
特に英語は聞き取りを鍛えたい。
韓国語でもいいかもしれない、コリアンの人は多いから。

海外で知り合った人のところにフラっといきたいから株でかせぎたいな。
あ、この株あたった!じゃあメルボルンの知り合いに会いにいける!!
みたいな。

それからフォスターペアレントになって
あとビックイシューに寄付したい。
頑張る人を後押しする寄付に協力したいの。

クーリエと日経ビジネスを定期購読したい。
世界で起こってるニュースと、この世界で自分の知恵で食い込んで生きてる人を
いろんな分野で見たいからね。

でも一番の夢は...........
ベガスの砂漠に黒いハーレーで乗り込んで、ヘルメットをはずして休憩する。
で、そこでラッキーストライクで一服して
「この風景だよ.......」って言いたい。

それから、乾いた山脈に向かって私は、
ハイキックを決めたい。
山はでかすぎるから、風景の中で憧れの大気を自分の身体でかき混ぜたい。
それを32歳までにやって、結婚はそれから。

みんなはどっちのアタシが見たいんだろ。
アタシは断然、後者だ。

Dscf1484

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君の世界の中心はどこだ?

自分の中の絶望と落胆を見つめつつ、
完全なる孤立だけをネットへのUPで巧妙に避け続けながら
味わった結果わかったのは、

絶望も飽きる、ということでした。

その点においては幸福感とも変わらないのかもしれません。
幸福も人に話せど自分の中はウキウキでいっぱいで
案外他人が眼中にないからです。

特定の誰かに答えを求めにいって
それがえられなくてさらに暴れて.....という繰り返しの連鎖さえとめればよし。
そんなことを言語化できるようになったのは霊媒先生のお言葉が
なんとなく自分で感じ取っていながらあえて明言化しなかったことを
はっきり言って底を見せてくれたからだと思います。

私の何かが人を救えても、お前を救える人間はいない

悲しい、というよりも
ああそうか、やっぱりそうだよねみたいな。
でも同じ先生が新居に移ったあとで起こるという未来を聞いたときには
正直腹が立ちました。

あ、彼女に罪はないです、
「あいたたた、私いたいこと聞いちゃった」という自分への怒りかな。

それは
すぐではないけど、新居が恋愛を引き入れてしまい
意外なことに私がその相手の家に転がり込むカタチで
「こんなに一緒にいるんなら、結婚しようか?」
といって結婚する
と言うものです。

全力で抵抗することにしました。

なぜなら私の今の夢は
とりあえずライブで100人を集客して
バイクの免許とってアリゾナ砂漠を横断し
アメリカ人と結婚してグリーンカードを取得して
この身体でアメリカンドリームを体現すること
だからです。

結婚しますと言われてぶち切れるなんて私くらいなもんだと思いますが
せっかく自分の人生は自分で救い続けると覚悟した矢先に
二人になる未来の話など、覚悟の持って行き場がなくなるよなと感じたんです。

それから詩人時代からの盟友がくれたメールもそんな私の視点を
フラットにしてくれました。

そういえばさ、からはじまるその文はこう言ってました。

マリリン・マンソンのファンだった人がだいぶ前に
銃の乱射事件を起こしたと聞くけど、マンソンはそれを聞いてかな
しかっただろうけど、犯人たちは彼から何も奪うことは出来なかっ
ただろうと思う。

それにマンソンだって彼らから何かを奪ったわけでも悪い影響を与
えたってわけでもないと思うんだ。
ただマンソンは自分の生きてることを通して僕らの背中を押したに
過ぎないと思う。

でもまあ僕にとってはマンソンはとてつもなく大事なことを教えて
くれたと思うし、もっとやらなくちゃいけないことをやらなきゃと
思わせてくれた。もちろんそれは自分自身の責任でさ。

ファンであってもなんであっても人と関わることで魂を動かされた
人は最後に自分で決断しないといけないし、逆にその決断するって
いう権利をその人を守るとかいうもっともらしい理由で奪うことは
逆に残酷かもしれない。

木版画家で霊媒で文章家でロックンロールという
少年ジャンプなみな肩書きを持つ自分が人に影響を与えるのを
私はもうとめられない。

だとしたら、私は音楽で
唄うことで自分を救い続けよう、と決めました。

なぜなら危ういバランスで成り立つ自分の状況をつぶさに観察して何か出来るのは
やはり自分自身でしかないわけだから。

私を救える人がこの世に一人もいないのなら
私は私で自分を救い続けよう。

救うとは、自分の今から未来に向かってレールを引き続けること。
だとしたら私にとって生きることとは自分で自分を救い続けることに他なりません。
そしてそれは同時にこの体がある限り立ち続けることでもあります。

この世界に。

今日覗いたHMVのDVDコーナーでこんなタイトルを見つけました。

世界の中心はここだ



 

世界の中心はどこだ?
少なくとも君にとっての。
オレにとっての世界の中心はオレだった。

心臓の鼓動の中にそれはあった。
振動する鼓膜の中にそれはあった。
光を透過する網膜の中にそれはあった。
接触する皮膚感覚の振動の中にそれはあった。

考えてみたらずっと前からそうだった。

この世界を感知しているすべてはこの体の中におさまってて
これをなくしたらオレは会話のほとんどを失ってしまうんだ。
すべての希望をこの拍動の中に
この一歩の中に
呼吸の中に

だからオレは自分が泣くことも許す。



しかし、悩みはつきません。
なぜならこうやって悩みすぎた結果、あさってのブッキングライブの練習を
自分は全くもってしてこなかったからです。

さすがに予想集客人数は?と聞かれて
それどころか練習すらしてません、とはいえませんでしたよ......
ああ......ごめんねマスター。

それよか末恐ろしいことに、アピアでの二回目のライブの料金が
1000円跳ね上がってました。
南正人さんというかたの前座ブッキングに。
あ、ちなみに1/17(水)です、前売り2500円です。

遠藤ミチロウさんとか、友川かずきさんとかこの南さんとかとの
ブッキングは、「なりたくてもなれない」ポジションだそうです。

まだ二回しかしたことないのに、ライブ.........。

12月の初っ端ライブの飯浜ゆきこさんも集客が多いとか。
なんかしらの意図を感じながらも、ラッキーくらいで流そうとする今日この頃。

どーなる、Vivienne?

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2006年11月20日 (月)

8年前と何も変わらない。

うちのマンションの階段の途中にウンコがおちていた。
量や形状から察するに人のものではないかと思われた。

幸いにおいはなかったものの、
公衆の面前で自分の排泄物が見られるということが
やったあとの自分のケツをティッシュで念入りにふくという見えない部分の
こだわりを超えている心理をしばし考察する。

答えは出ないが、とにかく、
このマンションはやはり潮時なんだと思う。

CEOことうちのクレイ爺はもう4日以上はうちに来て
自作の梱包材料をかかえて何事かをひとりごちながら作業していた。
で、一緒に実家にかえろうと聞かないので道場をさぼって
帰宅途中でパスタをたべる。

買い物途中ではエスカレーターでどうしても遅れがちになるので
心配でちょくちょく振り返っていると
投げキッスしたり舌をだしたりと
お茶目もはなはだしいが

聞き間違いと聞き損じを当たり前と思って話を聞けば
彼も本音を話し出す。

六年前に死んだ祖母の葬式に来なかった部下を恩知らずと
怒りながら彼はしわしわの顔から細い涙を流す。

「よくしてやりたい気持ちはあるんだ....でも、あの人は私の最愛の人だったから....」

「仏壇の前でね、唄でも唄おうかとするんだけど、泣いちゃって声にならないのだ」

もらい泣きする。
そして私の後ろをうろちょろする祖母が現世に居座ってる理由を
根拠もないのに彼を待ってるんだと確信する。
祖父が人生を納得するまで生ききるのを彼女は見届けたいのだ。

だから過保護だとなんでも言われようが
私は祖父が満足できるなら出来るだけ暴走でもニコニコしてたいとおもう。

その前日は日本酒を飲んでうどんすきを食べながら
鉄道学校の改革断行の話をする。

「お爺ちゃんは怒ると怖いんだぞ、鬼の近藤って言われたんだ」

「じゃあ方針にさからった部下はどうなったの?」

「トバした。」

帰宅した実家でチンギスハンの伝説をみながら
やっぱり人としてダメだろって奴の首をガンガンちょん切っていたのをみて
トバせないし、殺せない俺はどうしたらいいのよ?と映像を流しながら
考える。

多くの人はいう、「忘れなよ、しかたないよ」
でも少なくとも自分には無理なとき、その対処法は全く持ってわからない。

8年前を思い出していた。
最初に付き合った男に棄てられて、どうしようもなくて
若さもてつだって
「もう私はどうしていいかわからない。だからこれが遺言」だとか電話して
40錠くらいの薬をかっ込んで飲んだ。

夕方にその男が電話をして
「死にそこなった気分はどう?」と聞いてきた。
自分が自殺の引き金にならなかったことで気分が高揚したのか
「おれあのとき、死ぬんならしんじゃえって思ったんだよねえ~」
と、笑顔で話してた。

とっくの昔に俺はしんでもいい奴だったじゃん。
と思い出す。

その後で付き合った最初にジョニーに言われたことを思い出す。
「俺はずっと疑問だった。あれだけたくさんの人間に囲まれていたのに
 どうして君は不安定なときには一人で酒を飲むことになるんだ?」

人間関係の質を問われたんだろうか?
少なくとも相変わらず、私のその状況ってのはかわらないよ、ジョニー。
変わったのは酒を飲まなくなったことと行動で荒れなくなったことくらいで。
相変わらず傍観されながら俺は一人だよ、と思う。

いや、思った。

親友からメールが来てた。
私にはあなたの修行の状態はわからないし、この言葉が届くかもわからない、
だけど私はいつでもアンタがみてくれた何かを行動に移すとき
「大丈夫だよ」とあなたに言われている気がするのだから......
あなたの力は大切な人間にエネルギーを与えているんだよ?.....と。
熱があったのに。

男に死んじゃってもいいかと思われた日。
親友である彼女は相手の男に電話してこういったそうだ。

「彩はね!死なないから、ほんとに死なないからね!!」

この人はシンプルなんだと思う。

つらそうだったら声をかけるし、かけられなかったら言葉をかける。
どんな言葉をかけていいかわかんないと言う前に
わかんないけどこうだと伝えに来る。
「大丈夫だよ、話してみ?」
「なんも出来んけどどうしたね?」
後にも先にもこの子だけなら、私がたくさんの人と関わり続ける理由はなんだろう。

そしてオリバーに惹かれた本当の理由もわかる。
彼もまた、シンプルだったんだと思う。

前の人の小銭がなかったらあげるし
がっかりしてたらひざをさすってあげるし
どっかにでかける時には全員分の水をかう。

私は拮抗するシンプルさに出会って心が緩んだのだと思う。
多分私が願わなければならないのは、
もう一度会えることではなくて、そのシンプルさが守られること。

落ち込んでたら、とりあえず声をかけるシンプルさで人と接しても
私にはそれはかえってはこなくて
でもそれは自分の宿命で乾くことがないから人に返すことで還元する、
という理性の判断がキャリーオーバーになる。

霊媒の先生は「あなたは人を救えてもあなたが人に救われることはない」
と、断言して、自分もそれをわかっているのに。
鍛え上げられたピュアネスしかチカラを発揮しないのだと、わかってるのに。

理解はされなくても、声をかけられたいコドモが一人
どうしても大人にならずに心に居座っていて
その子が大人の私の足をときどき引っ掛ける。
この子を永遠になだめすかす好物を私は見つけていないのだ。
でも、なだめすかすことに成功してもそれは私といえるんだろうか?

たぶんその子が誰かの中の泣いてる子供を見つけ出して
私に声をかけさせるんだけど、
困ったことにその人にはアタシのなかの子供は見えてなくて
たぶん理想のお母さんにみえているのだ。
おままごとのお母さんは本気の反抗期で殴られた生傷が16人分
消えてなくて、そりゃ16人分じゃそろそろ重症だとさけんでもしょうがないかと
私は私を甘やかし始めた。

そしてこうしてウンコではじまる暗い文を脈絡もなく書き続けているのだ。

祖父は言葉をつむぎながら
言葉をこえる恩とか人間関係を持てる人を信じていて
多分私も同じ何かを信じてる。

どんなにそれが甘えでも、たぶん一向に構わない。
あたしは誰かにとってはすでに死んじゃってかまわない人なんだからして。

|

2006年11月19日 (日)

つくれない。

祖母の7回忌。

親戚とあってご飯を食べて雨に震えて帰宅する。

することがないから歌をつくったり作品の構想を練ろうとするが

止まってしまう。

意味を見出せない。

こんな精神状況で

へこんでるな(笑)でくくられたメールがきたり

そろそろ仕事が順調なんで、とマイミクの申請が来る。

人格以前に欲しいのは私の能力で作品なんだろ?と思う。

私は娯楽であり、利用したい何かに過ぎないんだろ?

何故かあやまらなくていい人が謝ったりするからさらに困惑する。

おとなしくへこんでいるだけですんだ人が

私とあったり作品をみて関わったりすることで暴走して調子付いて

他人に危害を加えだす。

私はこの世界にすごく悪いことをしているんじゃないかと思い出す。

生まれてきたのも、

力をつけたのも間違いではないのだろうか?

だったら私が感性を研ぎ澄ましさらに自分を磨くことは

利用される機会をますます増やすだけではないかとおもうと

全てがとまる。

セルフッシュな人間に罰は下らず

私は私自身の力で自分に罰を与えている。

人の言葉が滑り落ちている。

自分の中の中枢の何かが破壊されたまんまだ。

今私に出来ること、それはこうして落ちていく心理を目をそらさずに

見つめ続け抱え続けることだ。

結果どうするのかは決まっていないのであるから。

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2006年11月18日 (土)

わけがわからなくなっていく。

なんのために経験した修行だったんだろう?

こころをクリアにして

感情とビジョンをわける訓練をして

少しでも早く、浮き足立った状況から日常に帰ろうとした。

なんのために得た六力だったのだ?

少なくとも私は

こんな風に依存の食い物になるために生まれてきたわけではないのに、

恥辱を味わうためにうまれてきたわけではないのに、

搾取されつづけるためにうまれてきた訳ではなかったのに。

おしえてくれよ、御上。

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2006年11月17日 (金)

東京タワーの上からピストルで頭でも打ち抜いて死ねばお前らは満足か?

と、思います。

最近人に幸せを祈られます。
でもそのたびに戸惑います。

私の何がしかはそんなにも不幸に見えるのか?
そして
どんな形態になればこの人たちは満足できるんだろう?
と。

ひざにコドモを抱えてダーリンと笑う写真をたくさんUPするようになったら
やっと微笑んでくれるんだろーかと。
そうなると申し訳なさで胸が痛みます。

私は今出来ることを精一杯出来ればそれが満足であり
「悔いなし」と言えればそれでいいです。

昨日もまた、メールでしたが絶縁しました。
霊媒になってから数えるとトータルで16人目でした。
一ヶ月に一人以上のペースでこういうことがおこってる計算に
なります。

「近藤さんに感謝してる」とか最大の賛辞からはじまって
考え方が食い違うとものすごい否定と暴言にあいます。

同じパターンです。

一生懸命階段をよじ登るように上から眺めて私を否定する。
でもって
依存の対象じゃなくなったからってまた暴言かよ
みんなそんなだと言えば

一緒にするな、俺は、私は違うといい。
あの女と一緒にしないで
俺は違う!とさらに怒るのを眺めながら
その否定の仕方まで同じだよ。と思ってます。
そしてこういう訳で。

「私を理解してくれてたんじゃないの?」

話は聞いたよ、いろいろあるよなっておもったよ。
でも、アンタは私を見ないでこうあって欲しいなんかとジョイントしただろ?

でも一番納得いかないのは
人間関係は破綻したけど、これからも作品展によんでくださいとか
ブログを読み続けますからねとか
ファンコミュに残ってたりすることです。

搾取され続けます。
否定と暴言とを浴びせかけてもまだ飽きず、
それでもまだ作品からとか文章からとか飽きずに何かを奪おうとします。

人間的な関係が破綻しても才能がスキってなんだろう?
破綻した人間関係部分にそれを求めるってなんだろう。

そのたびに私は机を殴ります。

やりきれない、
ただひたすらやりきれない。

そして彼らが私に浴びせた言葉の意味をしります
「もっとやれ」
「おもしろい」
「たのしませて」
「あまえさせて」

勝負さえしません。

ジョニーと付き合い始めた頃
「俺は別れたら、声も顔も全部忘れるんだよ。」
といわれて恐怖したことがあります。

でもそれはある意味で、礼儀だったし愛だった気がする。

東京タワーにいって
「自殺した子供たちのすべての苦しみを思って俺はここで
 いけにえになります!!!」
といってTVカメラの前で風穴でもあけたら

大喜びしてくれるかな。

やっぱりヴィヴィアンはやってくれたって思うだろ?
てかこの文章読みながら、満足してるんだろ?

俺を私を切り離した罰だって思って笑ってんだろ?
満足かよ、最高の娯楽だろ?

中途半端は信じられないよ。
少なくとも人間関係が破綻したら私はその人との関係は終わりです。

俺は自分を神だなんていったことはない
「弥勒菩薩がはなしかけてきてるっていうことの逝きっぷりを思うと
 認めることがはばかられる」と相談したことはあっても。

私のおかげでうまく行ったでしょなんていったことはない
「その人生と人間関係をつかんだのはあなたの力だ」といっても。

いい加減にしてくれ。

人を愛して、その人が自分と向き合えるように願って行動することの
何がそんなに悪いんだよ。

最初からあなたにはかなわないとか勝負しないとか
弱いままでいいんだとか逃げるなよ。

この受難が美虎様の宿命とかって祈られるのも
傍観されるのも観察されるのももう充分です。

俺はモルモットか?
なあ、
どんなサンプルだよ?教えてくれよ。

大事な人が心からかけてくれる言葉さえ
受け取れなくなりつつあります。

愛しているといわれれば、
ああ、こいつはいつ離れていくんだろうなと
ラッキーストライクを吸いながら考えます。

愛して求めた男が愛してくれることもなく。
人に対して心が冷酷さを持つのがわかる。
御上は何を望んでいるんだろ。

自分がこうありたいと思うことはどうにでも頑張れるけど
人が自分になにかすることは期待しなくなりました。

男に愛されるということも、
永続的な友情を求めることも。

言葉の約束より、目に見える行為を信じるようになりました。
それすらも、危うい。

久々に人間不信という言葉を精神の中心においている気がします。

都合よく使われるのはごめんだ。

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2006年11月16日 (木)

男といふものは

男というものは
「たたせる」ものではなくて
「たてる」ものだと思います。

立たせる、という感覚は相手にも「そうさせられてる自分」を感じさせるし
男にも自分の存在を認知させようという女の意図も感じます。

立たせるのは思春期過ぎれば結構簡単なものです。
恋愛に確立できない自己存在の穴埋めをもとめるのも
「たたせる」恋愛だと思います。

あたしはあなたにこれしたでしょ?
だから私にもなんか返して。

でもそれは永続的ではない。
歯車はズレ、人の求めるものは変わります。

で、あるならば

自分の求道と完成は自己に求めます。

ただ観察している限りで、
男にとって女とは時々道具であるように感じます。
自分に欠けた部分の補完のできるツールなら恋愛心を抱くみたいに思えます。

でも「立てる」って言葉にはなんとなく裏方的ニュアンスを感じます。
相手が自分の力でたったと思える気持ちをそがないように尊重して
アシストする。

祖母はそれが上手な人でした。

祖父は武勇伝が多いですが、祖母への愛も深いです。
もうすぐ七回忌。

すんません、今日は疲れてます。

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独白。

この前、元彼ジョニーくんのお母さんと電話で話をした。
議題はずばり、

「彼は幸せな結婚ができるのかどうか。」

最近通っているロクリキさんが何だか不安になる言い回しをしたので
その言葉の前向きな解釈を試みたのだ。
最近、こういうことが多くなってきた。

神の言葉だからって、
相手に聞こえるのは自分の存在と声であるということを忘れている人が
あんまりに多いと最近思う。

見えたビジョンを現実にどうおろすのかは人間の技能にかかっているのに。

「私が付き合ってたときのジョニー君は~」
って会話をしながら、なんかその言い回しにちょっとおかしさを感じる。

彼女もそうみたいで、彼が実家に帰ると
「きっとあやちゃんはこうおもってのよ!」
と、なんだか私の弁護をしてるのがおかしいという。

「あやちゃんは今恋してるの?」ときかれて

「うーん、答えていいものか.....」と他人のケースを参照しようとするも
もはやそれ自体がないのだと気づく。

私はミエルようになってから
彼と付き合っていたころよりもママさんと親しくなり
おじさんとは亡くなってから話すようになった。

これが私の日常だ。

最初に付き合った男は
私がシャーマンとの初体験のトラウマで混乱してるときに出会い
身体で癒そうとしつづけて結局私に飽きた。

他の気持ちの対処法が見つからなかった私は、
一時彼の身体に固執した過去がある。

そんな時彼がいった
「俺、前に自分の母親に彼女が精神科に言ってるって話したらさ、
そんな女にうちの敷居はまたがせないっていわれた。」

絶句した。

あきらかに悔しさに光らせた目で理由を尋ねると
彼はすこしどもりながら
「.....暇だったから」
と答えた。

そんな私がジョニー君と恐怖を超えて付き合うのは
なかなかに大変で、私は彼が聞きたくない過去を嘆いて話しながら
不安を殺そうとし、殺してもらおうとした。

彼は言った。
「大丈夫だ、俺は嘘をつかない」
みてろよ、本当だ。

本当だった。
彼は去らなかった、去ったのは私だった。

今だからかけること、新しい恋愛を踏み台にしてアクセルを踏むように
逃げ切った。

こんなに今でも彼を尊敬しながら
別れなければならなかったのは今なら簡単に言葉に出来る。
彼を恨みそうになる自分が嫌だった。

彼らしくいてほしくて、それを尊重したかった。
言葉の厳しさも、許せないものの多さも、
彼のメリットの裏返しだと思ってた。

「厳しさがなかったらジョニーじゃなくね?」という彼の友人の言葉を
納得してこころに刻んでた。

でも、「最近あやさんおとなしくなったよね?」とか
「自分らしくいたかったから男と別れた」なんて人の言葉に飛び出しそうになる
こころの衝動を押さえ込んだ。

命の恩人でしょ?
厳しさは愛でしょ?

でも、TVみてうちでくつろぐ後ろ姿に年が経つごとに悔しさがにじんだ
「私は、あなたがあなたであることを認めてる。
 だけど、あなたはそれを認めてくれない、
 その自由は私の犠牲の上に成り立ってるのよ?」
そう思いそうになる自分の心を見つめ続けていた。

入社したての彼と話があったら、彼も励ませるし私も彼が知れていいかもしれない。
そう思って彼の会社の子会社で働いた。

彼がうちでアイデアを考えたら、私も刺激されるし
彼もやる気が出来るかもしれない。
そう考えて部屋の一角に机を配置して作業用具のおき場所も用意した。

でも彼はごろごろするばかり。
しまいには私のこういう部分が彼の努力する気持ちを殺しているんじゃないかと
思いつめるようになった。

恨んで、というか、犠牲という認識をもって一緒にいるくらいなら
離れても尊敬して愛していたい、
そんな思いが掠めるようになった。

そして私は離れた。
少し広くなった部屋で、淡々と過ごす自分を感じながら
「自分を殺しちゃいけないんだ、やりたいと思ったことになんでも挑戦できる自由を
 失っちゃいけないんだ」と私は痛いほど認識した。

愛したジョニーを振り切ってまで走った人は
彼女のほかにも女の子がいた。
女なくしては自分を維持できないほど、心が不安定なんだ
と彼を見て私はそう思った。

彼のバンドのグッツを作った。
メールでやり取りしてるこの頃が一番楽しかった。
関係してから、メールは途絶え気味になった。

タイガーリリーはいった。
「好きなら会いに行きなさい、私はそうやって押して今の男を得たわ」
私は行かなかった。

「神さまぶって何様のつもり?そんな人としての感情のない
 あなたに恋愛なんか無理よ。」

私は、ツアー前日の彼が只でさえナーバスになってると思い
その状況下で自分の欲求を満たすために強引なアプローチをすることに
意味が見出せなかっただけだった。

今では彼女は私と彼を題材にした歌を試聴サイトにぶち込んで
「これがあなたの幸せなのか?」と絶叫していると聞く。
これがネタでなかったら一体なんだというのだ。

誕生日にその彼との連絡を絶った。
愛してたけど、かなわないから、その空白を、愛ではなくて自分の道を
突き進むのに使った。愛情の渇きを、自分の意思が超えると思った。

でもジェンガが崩れた。
すべてのシックスセンスの混乱が収まったら、もう一度会えるんじゃないか?
という希望がすべての中心だったことから目をそむけていたらダメなんだと
思った。

私は言った。
あなたがいないと生きてはいけない。

彼は言った。
愛情の穴を愛情でしか埋められないのは凡人です。

あえいだ。
悔しかった。
その努力をどんだけ血のにじむ思いでしてきたか知れなかったのにと
人間的な感情で思った。

翌日、私が送ったCDが届いたらしく
はしゃいだメールが何事もなかったかのように届いた。
わからない感覚だった。

彼は女の子が切れないままで日々をすごし
私は自分のすべての感情を認識して先に進むことにした。
グッツの売れ行きは非常によいらしい。

リリーはいった「彼はあなたと関係したらほしいものが手に入る」

その日私は戸惑った。
不安定な精神コントロールで人と、ましてや身体で交わるってことは
この人に混乱を起こさせるんじゃないかと思った。

彼はいった「あなたと寝るのはもはや僕のため」

でも、最後にもらったメールにはこうあった
「僕は謝りません。関係することで、あなたの何かが開けると思いました。」

正反対やん。しかも、謝れなんて一言も書いてないぞと思った。

この国はチップの国ではないけど
何かを請け負って、作品の一部を提供して
一度もゲストでいれてくれたことのないバンドは初めてだったし
出来たグッツのサンプルをもらえなかったのも初めてだったの。
あーいやらしいしかっこ悪いけど、
少なくともそれでも、私の周りには本当にいなかったの。
作業費って関係だけですべてを清算するひとが。

それまで私が知ってたのは私が手がけたわけじゃないのに紹介したってだけで
CDくれたりとか、もういいです、お金払いますとこっちが言うまでゲストでいれようと
してしまう人の情とか恩に過剰で不器用な人たちばっかだったから。

昔、ファッションショーに出た時にジョニーが言った
「いいかい、あや、本当に心から来てほしい人には自分でお金を出すもんだよ。」
合計四枚のチケットを自腹した。

その中には亡くなる直前の祖母にあてたものがあって
ステージから彼女が目をきらきらさせた姿をしたのをみて
「ああ、本当にそうしてよかったな。」と思った。

そして今でも私は愚直に自腹ルールを守っている。
一生、続けられたらとも思う、一人でも二人でも。

彼とはルールが違ったんだと思う。
私が力を引き上げる道しるべとして出会ったんだ、感謝しなきゃとも思う。
でも、どーーーーーーーしても、一方で
「これがいいとこドリされるってやつかあ......」という気持ちと
「このままでいいのか?お前はキリストじゃないんだぞ?」という気持ちが消えないから

彼になんかするんじゃなくて、自分を向上させて気持ちに落とし前を
つけることにした。
仇討ちとか、なんでもいいけど、向こうの関係者にどう思われてもいいから
吼えて走ることにした。

とにかく音楽を始める、そして100人集客という目標にむかって動いて達成させる
ということさえきちんとできれば後はどうでも良かった。
で、ライブハウスまでこぎつけた今、私の気持ちは落ち着いている。

すべての感情はギフトだと思う。
押さえ込むんじゃなくて流し方を覚えればいいんだと思う。

こんな経緯をたどった自分だからこそ、
今のスピリチュアルがネガティブさとかある一定の感情をないものに
しようとする風潮が片手落ちな気がしてしょうがないのだ。

実際に、自分の中の心の傷を、スピリチュアルな言葉で封印して
みないようにみないようにはまってく人をよくみる。
何の解決にもならないのに。
そんな乱れはすぐに見抜かれるのに。

そして私はオリバーに出会った。

シックスセンス事件簿が、昔見た映画の話みたいに自然な会話で流れて
木版画家の六九な作品作ってるこんどうあやさん、でも
シックスセンス上等でなんでも知ってる美虎さん
じゃなくて
この人は「AYA」で仕事は版画家、って認識なのがうれしかった。

アタシは、アタシの好きなあたしでいて、
そのままを受け入れてくれる人に恋愛ができるのだ、
こんな人を好きになればいいのだ、
という希望の地図をもらった気がした。

おととい、彼の夢をみた。
ロスのダイナーの簡易ステージで私は途中で歌うのをやめて
つっかえたりしながら勝手に唄をつくってステージを降りると
ニコニコッとして彼が待っていて、

「ご飯いこうか?」って話す夢だった。

おきるのが嫌になったので寝たふりをした。
フリ疲れして起きたとき、
「ああ......私、誰かにすべてを受け入れてほしいのかもしんない。」
と思った。

彼が日本語が読めないのと、スタッフさんがナイショにしてくれると
勝手に認識して書けば

今でも彼を愛している。
と、思う。

私がアップロードした写真を無邪気にサイトに載せているのをみながら
「この人を思って何が出来るだろう?」と私は考える。

少なくとも、本当に彼が目覚めちゃったときに、
少なくとも、友達で助けたい人がいるとかそういうことを思ったときに
すぐに連絡できる距離感と、このチカラを維持しようと思う。

嫌なのだ、

本当に必要な人が私を呼んだときに私がそばにいないのが。

でも、彼がそうする保障なんてないし、そんな事態すらないかもしれない。
だけど、この行為のなかに私の幸せは確実に含まれている。

「幸せになってくれ」といわれたら戸惑う。
彼らの思う幸せの状態と私はズレているのかもしれない。

 別れたての頃、
ジョニーママンは言った。
「私はこんどうあやのファンよ、これからもずっと応援するわ。」

そして彼女は今、私のブログに頻繁に感想メールをくれる
三本指に入る読者さんである。
ジョニー一家が嘘をつくことはない。
だから私は今も救われている。

だからおじさんのメッセージにも心を添えて耳を傾けられる。

付き合っていた頃から思っていた
「この男の子を育てたお母さんはどんな人なんだろう?」と。
あってみたかった。

そして今、私はこっそり彼が帰らないすきに
一人家を守るジョニーママンにあいにいけたらいいなと
ひそかにプランを練っている。

きっかけも関係も重要ではない。
引き合う気持ちに素直になって自分を流せばいい。

私の人生はちょっとネタっぽくもあるけど、
28歳の若輩者でもこれだけはいえる

どんなに苦しくても悲しくても、
私は生きることをやめることができない。

なぜなら、私は生きるということの真裏にべったりと張り付く
希望というエレメントが最高に好きでそれを信じているからだ。

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2006年11月14日 (火)

引越し準備はもう......

飽きた!!

あきた!!

アキタ.....美人は米どころってか今畜生!!

私がもし江頭2:50だったらとっくに海に飛び込んでいます。
もー本当に疲れた。
(てかどう考えても歩いて荷物を運び出してる奴のほうが馬鹿だ)

そんなこんなで腰まで痛めていますよ。

助手さん曰く
「そんなにつらいなら、総師範にお願いして治していただいてはどうですか?」...って

ダメ、そんなの!
ベッカムヘアーで視線の合わない総師範に触れられるなんて
考えるだけで萌えちゃいます。

でも今日は行くまでがだるかったなあ.......
そろそろサボりたくなるお年頃です。

「そうしはあん♡♡♡
 わたしぃ、今日は腰が痛くてパンチうてませぇん♡♡♡
 休んでみてもいいですかぁん♡♡♡♡♡♡」


って言う練習を直前までしてました。
てか、近くによったらきっと気でゲーしちゃうかもみたいな
オニオンリングまで食べて準備してました。

でも.....

言えなかった.......

いえない以前に

俺には無理だ!!!!!

どうしてもキャラが許しませんでした。

おとめ座AB型、
常に二つの気質が精神的にバトルしてます。
ちなみに乙女部分が勝つ機会はなかなかありません。




ああ......もう気づいたら彼氏いない歴一年。

ミット打ちのときの表情はとても乙女になりたい人とは思えませんと言われる
今日この頃です。

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2006年11月13日 (月)

どたばたmy space。

LAに行ったのをきっかけにmy space をはじめました。
カスタマイズがわかんないのでほぼ素っ裸に近い状態です。

とはいえ、やっと触る気になってきました。
ちなみにログインネームはVivienne_Aliceです。

最近日本語版が出たんですが
なんだか強引な日本語なのでかえって疲れたので
英語に戻しました。

嘘です。

外国と渡り合ってる気分を満喫したかっただけです、
てか日本人結構やりがちですよね、
せっかく外国きてるんだから出来るだけ日本人と話さないぞ的な努力。
自分のDNAがいかに視野の狭い日本人か愕然とします。

そんなバチがあたってるせいでしょうか?

ゆえにまるでお遍路さんを逆行するような取り組みに対して
以下のようなことが頻発しています。


それは加入して最初の日のこと.......



拙い語学力を動員してなんとかマイページを作った直後に
あることに気づきました。

だれも友達登録しなかったはずなのに、
なんかすでに一人友達になってる奴がいる!!!!!

中途半端に後ろ向き気味の笑顔の男、Tom!!
2502_s

誰だよ、お前!!

ああ~....
もうちょっとPCで英語わかんなかったばっかりに
もう勝手に人のゾーンに入り込まれちったよ、
てかTomって、おまえ、ホント誰だよ!!
英語の教科書みたいな名前してんなよ。
てかハッカーだろ?ちっくしょう!!

そうやってデスクトップに文句を言いつつけること20分、
Tomさんがmy spaceの管理人であることがわかりました。
とりあえず、友達0だとさびしいから自動的にTomが友達になってくれる
システムだったんですね.....。

お前、いい奴じゃないか、Tom。
てかごめんな、Tom。
散々言っちまったよ......てか、君は聞いてない、きっと何も聞こえてないはずだTom
うん、うん、うんうんうん!!

今までの出会いでよかったこと
1.ギャラリーのスタッフさんと友達感覚でつながれたこと
2.旅先で知り合ったヒロキさんとテンションが同じ人と友達登録して
 早くそれを教えてたくてうずうずしてること。

なんか困ったこと
1.友達じゃないけど友達登録してくる人がお前どう考えてもロックじゃないでしょ?
 みたいな音楽ジャンルなこと
2.pimp my rideっていうMTVの車改造番組が好きだって拙い英語で頑張って
 書いたら、友達ができるどころか
 なんか若造に
「pimpじゃないのにpimpだと言い張ってるという如何に馬鹿な番組であるか?」
という講釈をメールでたれられたこと。

いいじゃないか、別に!
タイトルで番組観てんじゃなくて、中身見てんだよ!!中身!!
日本人彼女募集中!Tシャツ写真のっけて説教するんじゃないよ。

まったくもう!

そんなわけでまだ魅力に気づけてませんがボチボチやります。

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やっぱし今月もライブするわ。

Dscf1129







11/25(土)  
1215open/12:30start/15:00end 

ライブハウス「多作」ミュージックブランチ
http://www.tasaku.com/schedule200611.html
真昼間から出ます。約20分です。

前売券  \1500 + 1drink( \500 )

当日券  \2000 + 1drink( \500 )

一応自分を見に来た人が何人いるかってのが今後を左右するらしいです。
チケットやゲスト枠がわからないので
遊びに来てくださる方はとりあえずメールくださいな。

アタシの時間は14:05から。
12/8見られない御方など冷やかしにいかがですか?
正体がばれたくない人は、HPから前売りを申し込んでくださいな。

もうずっと死の行軍。
一人で今の家と新居を何度も往復してます。

やっぱダメなのね、目に入るものは全部深読みするから
ダンボールをダンボールとして観られなくて何度も同じことを観るたびに繰り返して
考えるから脳が疲れてついボーッとしちゃうのよ。

やはり私は動かないと考えがスムーズに進まないみたい。
引越し業者待てないなあ.......。

写真はクレイ爺 J.P. ことマサヒロCEO。

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2006年11月12日 (日)

武と舞とは似て非なるものか?

今日はTOKYOZAの舞台公演にいってきました。
まっすぐに伸びる手足とくるくるまわる体躯が空間を切る美しさに
見惚れつつ、同時進行で私は泣いていました。

なぜにゃらば、

隣に座ってた連れの子の語ってくる前世のお話が同時進行で見えてしまい、
まさしくバイリンガル状態だったからです(しかも壮絶で切ない)。
だもんで、アンケートの項目で二つ分しか感想が書けなかったのはそのせいです、
すんません。

その後はお茶して別れた後で道場にいきました。

総師範はおしゃれ好きです。
ちなみに頭はベッカムヘアーです。
そんな総師範がこのまえ講習会で言った言葉

「武をもってでしか武を超えられない、その究極は敵への愛である」

雨で湿った豊島区の空気の中、その意味を考えていました。
やっとまともに鏡を直視できるようになった昨今、
武道には必然と因果応報の究極のバランスが凝縮されている気がしてなりません。

人間の因果において
お互いに同時に利をなせばそれは必然であり、
片方が一方的に利をむさぼった後で、その落とし前を逆の立場で受けるのが
因果応報だとここ一年の鑑定の実感として私は分析しています。

株式の世界においても、お金持ちは頻繁にランチやディナーミーティングで
情報を交換し合うそうですが、情報量に乏しい奴は等価交換できない奴として
はじかれるそうです。つまり、必然を発生させるまでもないという奴ですな。

そのかわり、一時そうやって情報量の乏しい人間をはじいた人が
今度はなんらかの都合で情報入手困難となって別な人にはじかれれば
それは因果応報なわけです。

で、武術においては
自分が勝つために相手を殴る、ということは同時に相手にも殴られる必然を
発生させているわけです。その関係性をお互いに了承している、という点が
私がこの道場に深く頭をさげるゆえんなのです。

先日、この人だけは失わないだろうという縁をなくしました。
これで私が六力使いになり始めてから落ち着くまでの期間にトータルで
関わった人は誰一人いなくなりました。

きっかけは些細なことでした。
株をやりたい彼に、同じくやりたい私は自分の勘がうずいた銘柄と
それを探り当てるヒントを彼に話して一緒に探そう!としたんですね。
でも彼の答えは「そんなの自分じゃなくて御上にきけよ」でした。
私はそれにうまく答える言葉がなくて「御上を試すな」とメールしました。

彼は「たくさん栗をとりたいとしてどの山にあるか聞くようなことの何が悪いか、
自分で考えなきゃいけないことなら答えないはずだ」といい、
私は己の成長のために人としてまず仲間と協力して努力すべし、
逐一幼稚園児みたいに質問してはならないのだという思いを伝えようとして
すれ違い聞き入れられませんでした。

でも、私が本当に切れたのは
「ああ、ついに僕も君に切られる」という一文でした。
微熱で体調が悪いとおもって加減してたがこの言葉はないだろうという
彼の言葉に、私は返信しながら思いました。

「ねえ、覚えてないのかな?いつも笑ってたのはあなたなんだよ?」と。

「こんどうあやの日記のキレぶりやその返答ってさ、ほんとおもしれーと思って
俺はよんでるよ~。」という文章の10分の1にも満たないインパクトの言葉であなたは
切れたのに、あなたはそれ以上の言葉でぶつかれたひとをずっと笑ってきたんだよ?

それってどうよ?

私はもうこの人に戻れないなと思いながら自分が彼の因果応報のラインに
しっかりのっている自覚と、多分彼がそれに気づいていない現状にいたたまれなく
なりました。

私が語気を強めるとき、人との縁を切るとき
私はいつも覚悟しています。
自分にいつか咎が来ること、そして逆の立場に立たされること。
そのすべてを受ける日がきても自分が了承できるか確認し
さらに言葉を磨いて応戦する準備
そして敗れた場合の孤立する自分のシュミレーションをして言葉を投げています。

私もすべての行動やニュースにおいてそうしているわけではありませんが
あまりにも自分に因果応報が返ってくることを自覚していない人が多すぎます。
自分の精神が発動する刃が人を傷つけるとわかっていても
そうせざるをえない業のようなぎりぎりのやるせなさに到達することなく
平気で残酷なことをいう人と私はわかりあうことが出来ません。

私が武道に傾倒するのはひとえに
私が「すべての武器を楽器に」できないタイプの人間だからだと思います。
そして武道という戦いのカタチに道を見出して集まる人はやはり
物事や世界を理解するのに、
攻撃、という行動を解さずして達成できない業を持っているのだと思います。

間違ってるかもしれない、
相手を悲しませるかもしれない
だけど自分はこれをするしかないのだ、
でなければ己が己でなくなってしまうから。

己へのストイックな問いかけのない武術こそが危険です。
彼らは自分にとって何が大事かわからないから必要以上のものを
傷つけるのです。そして何事かを守ったつもりになってる。
己にとっての闘う相手を常に見定めることは己を保持し社会に対して必要最小悪
たらんとする自己への求道です。

私にとって許せないものは唯一つ、
洞察力が足りないのを棚にあげて
それで自分に攻撃や説教をせんと唾はく輩です。

なぜなら私は時に自分の栄誉とか、命まで問いかけて自分を追い詰め続けて
求道した御上とのガチンコな対話の日々と、そこから掬い取ってきた
自分の言葉にプライドと自信を持っているからです。
でもこれさえも永続的ではない。
慣れて許しの気持ちを持つ日さえくるかもしれない。
だからこそ、私はギリギリまで自分の気持ちの感触を確かめ続けることを
やめることが出来ないのです。

武道とはそんな業と業とのぶつかりあいだと私は思います。
お互いのやるせなさで通じ合うから敵を愛することができる。
己を知るために強くなろうとするしかなかった
戦いという概念を通過せざるをえなかった
そんなすべてを超えて人たらんとする姿勢に私は額づく。

武と舞とはお互いの身体表現を極める点でよく似ていますが、
しかし私はその鍛錬の先から闘いという二文字をはずすことが出来ない。

朝倉宗滴曰く
「武者は犬ともいえ、畜生ともいえ、勝つことが本にて候。」

女武士道Vivienne_Alice、生き抜く限りは勝ち名乗りです。

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2006年11月11日 (土)

六九狂木版CEOとANARCHY IN THE UKな孫、ついに全面衝突する。

「18時44分か....。」
黄ばんだ壁紙に囲まれた新居のエレベーターの中心に
どっかとヒトリがけソファーを配置し、
私は自分のフロアまでのナンバーが上昇するのをみてました。
エレベーターにソファーで座る、という暴挙が達成される原因は
そこからおよそ20分まえの出来事にさかのぼります。

今日は新居契約の日でした。

前々からCEOに「確認しろよ、絶対確認しろよ!!」といわれていた案件があったのです。

それは、家賃の支払方法。
CEOからは借主が毎月家賃を支払う際に手数料まで負担するのは遺憾である、
ゆえに借主口座から家主が引き落とすように要求せよ、という至上命令が出てました。

ゆえに提案、しかし却下。

大家にも支払い管理のしやすい口座はあるわけでこれは彼にとって
ビジネスなんだし、しかも他の借主もそれにしたがって住み続けている、という
現状であるならやっぱ従ってしかるべき、これがアタシの結論でした。
そして管理不動産でも、知り合いに電話したりしてなるべく手数料が安くなる方法を
調べてくれたので、充分だろう、と思ったんです、が、

CEOは納得しません。
「それはスジが通ってないだろ!!」とCEO。
納得できないものは絶対自分で確かめるのがCEOです。
諦めて電話番号を教えました。

数時間後。
焚いたバルサンの処理のために開けた窓が閉まらなくなったので業者さんに電話すると
なんだかすごく慌ててるし、弁明してます。
「こりゃよっぽどやられたな......」とオモイマシタ。

で、担当さんは穏健な私に経過報告のお電話。結果は「むりっす」。
やっぱそうだよね、彼は賢い。

だもんで私が実家にかけるとCEOはヒートアップ。

彼の主張によれば
大勢の借主をもつ家主たるもの、少しでも借主の負担が減るように有名なバンクに
口座を持つものであって、それを怠りローカルな口座に振り込ませてふんぞり返るとは
人の道に外れておる。そこにスジはなし。

まるで極○さんのようです。ところが.....

「お前が今日ハンコ押さなければ、俺は契約差し止めて今の住居にとどまれ!
と指示できたのに!!」ってあっぶねえ~。

って....はうあっ(゜Д゜)!!

引越しはともかく家までとはご無体な!!
ついに孫である私もキレました。

「おじいちゃん、人にはいろんな考え方があるでしょう?
 日本には日本のルール、アメリカはアメリカのルールがあって
 それを勝手に自分の物差しで変えてはいかんぜよ。」

「おのれ!!おのれまでそんなこと抜かすかっ!いい覚悟じゃ!!
今後一切、お前の援助はせんぞー!!」

「いいっすよ、いいっすよ、望むところですよ。
やったるわ!!」

「言ったな、おうおうおう、そうしてもらおうじゃないか!」

「しますよ、してやりますわ、草食って生きたるわ!!」

と、いいながら、うーん、ホロスコープ通り、援助運がなくなるながれが来とるわ、
と感心してる部分が微妙に六力保持者です。

するとこのクリンチ状態に母介入。
「はいはいはい、売り言葉に買い言葉状態でヒートアップしないの!!
 ご飯だから切るわね。」

がー腹立つ!!
んったく家まで明け渡すかっつーの!!
もう俺の修行は終わったんじゃ!!
とか部屋でウガウガ怒ってました。

自分で言うのもなんですが、とても御上の声を聞いてる人間らしからぬ発言。

すると、奥の部屋で鎮座していたベロアのソファーが言ったのです
「へい、ベイビー!僕をとりあえず運んでみないかい?」
「ええっ!ソファーさん、だって梱包も何もしてないじゃない、危ないわ☆」
「いいんだよ、まずは動いてごらん」

あ、キノコは食べてませんよ、いたってナチュラルです。

こうして私はソファーさんの声にしたがって
「引越し業者のお荷物を傷つけず安全安心運送なんて何ぼのもんじゃい!!」
的なテンションでドアやらエレベーターやらに彼をゴンゴンガンガンぶつけながら
外に出たのでした。

そして鬼の形相でソファーを担いで路地を練り歩く私に人々は記録的なスピードで
視線を外し続け、猫は逃げました。
そして冒頭の展開へ。

業者の来る前に何度も運び込むのはどう考えても非効率ですが
身体を動かしたこととその分家のダンボールが減ったことで精神的に安定しました。
めでたしめでたし。

昨日の話じゃないけど、
私が修行状態から喜怒哀楽すべてを取り戻したのはやっぱり
それらがないのは人として不完全だと気づいたからです。

自分が何がしかの要素で怒るとき私はカーマスートラを思い出します。
カーマスートラは大変に有名な性の指南書ですが
その中心の思想は、
人はすべての思想を経験しつくした上で凌駕すべし、だと
思うからです。

怒りやネガティブな思想を押さえ込むのではなく、
適した時期に思い切り経験し、適した場所に流すのです。

私が道場に恋焦がれ、通いはじめてこの場所をますます愛するのは
武道が闘争心を流し、そして解放するのを許してくれる場所だからです。

押さえ込まれたネガティブはいつか限度を超えて爆発します。
感情の正しい流し場所を現代のコドモは失っているんじゃないか?
そしてそれがいじめや自殺や少年犯罪につながっているんじゃないかと
思う昨今です。

だから私は近年のスピリチュアリズムが良い感情をもとう、育てよう
という面ばかりがクローズアップされて、ネガティブな感情を流す手段を
押さえ込むような流れをますます助長している気がして危惧しています。

だからアタシは28歳なりの未熟を精一杯楽しむ!!

で、少年ジャンプみたいな六力遣いでアーティストになるんだわ。
エヘヘ。

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2006年11月 9日 (木)

死ぬなと言う前に何故話を聞かないのだ?

久しぶりにパイメイのたこ焼きを食べながら
手持ち無沙汰だった私はPCをあけてニュースなどをみたのですが、
今は自殺予告がブームなようですね。

これで動く株はあるのか?ないだろうなあ。
と思いながら著名人のダメ絶対的メッセージを読んでました。

死ぬな!のオンパレードの中で私は思うんですが
何故「話を聞く」という人が一人もいないんでしょうか?
私は大変に疑問です。

前にもちょこっと書きましたが、私が自殺予告デビューをしたのは
12歳でした。それから毎日放課後に、飛び降りる自分を養成せんと
ベランダに足をかけて、びびる自分に慣れを強要しました。

ある日、たまりかねた友人がそんなに死にたければと
背中を押して手伝ってくれたのですが、5分後に放置された自分が
自殺にいたれなくてベランダで足を抱えていました。非常に情けなかった。

この頃からいかに生への執着を精神で超越するか?
ということが己のテーマになりました。

なんでこんなことになったかというと
私は12歳のある日、突然にコミュニケーション能力を失ったからです。
昨日まで仲良かったAちゃんと話せない、Bちゃんの仲間にも入れない。
でも嫌われてるわけじゃない。何で何で?

教室でたった一人、自分は完全に抹殺されたと思いました。
そうなると今度は転がるように悪いことばっかつなぎだす。
そういえば、家でもこうだったし、バスケ(ミニバスケ部でした)でもこうだった
そうしてこういうのに考え疲れて麻痺したある日、
自殺が現実味を帯びたのでした。

止められましたよ。
ヒトリじゃない、とか
愛してるとか
死んではダメとか

でも言われれば言われるほどに心は冷え切りました。
そして、この学級委員長的かつ模範的な世間体を守れば
大人なんて勝手に大丈夫だって思うんだろ?
って思いながら私は中学校に進学。

しかしそこで救いに遭いました。
中学一年生の担任。
「お前は、溜め込んでることが多い気がするんだよ、
だから話を聞かせろ。」
そして彼は約束どおり、自分をどッかの小部屋につれてって
イタヅラ....ではなくお話をしたのです。
とはいえ、彼の弁論はヒートアップしたので1言ったら9は彼の言葉だったんですが。

でも、腫れ物に触るようなキレイ事よりも
向き合ってもらえたことがうれしかった。

マリリンマンソンさえボーリングフォーコロンバインで言っている
「俺ならまず話を聞く」

自殺に突き進むのは
彼らが混乱した気持ちをもてあましてどうしていいかわかんないから。
でもってそのどうしたらいいかの混乱を安心してぶちまけて平気だと信頼できる
人間関係が見つからないから。
だから、「話をきくよ」って言ってくれる人の見つけ方がわかんなくて
自分はこの世界から消えると宣言する。
そしてそれが見つからないと、裏切られたって思うんじゃないかな?
だから本当に死んでしまうことで
「お前らは生きてたときの私をちゃんと見てなかっただろ?
手遅れだった後悔を胸に一生かかって苦しみやがれ。」
そんな気持ちがMAXになるんじゃなかろーか。

その心理の裏に、ひりひりするほどの自分の存在を忘れないでという
願いと痛みを感じて私はそのピュアさに胸が痛いのです。
勿論すべてが当てはまるとは思いませんが。

仮に死ぬなといって自殺阻止に成功したとしましょう。
その後で「で、どうしてこんなこと考えたんよ?」って何人がいえますか?
「ああよかった、死ななかった、あとは落ち着くまでそっとしとこ。」
そうやって去ってしまったらなんにもならないよ。

死ぬなとか、命の大事さ云々というのは
生きてきた人生経験の大人の論理です。
大体10代で自分の生きる価値みたいなものを語れたら不気味です。

上から大人の論理で押し付けじゃダメだよ
同じ目線でまず話を聞こうよ。
死にたいのはわかった、でもまず理由を教えろと言ってみようよ。

ちなみにハードな鑑定を私もいくつか受けましたが
私は取り合えず、こいつは今死ぬとタスク消化できるのかな?という
観点で考えて、ちょっとドロップアウトにはもったいないかどうかで判断してました。

「どーしても死にたいっていうなら仕方ないけどもったいないんちゃうの?
 とりあえず、自分はアンタが死ぬことについて納得したいので話を聞かせてくれ」

って感じ。で、本当に死なれちゃった場合の自分に非難を向けてくる具体的な
人間とその数、自分が背負う責任の総量とそんなんをシュミレートしてました。
回避というより、心の準備のため。

でも何故か自分はラッキーで止まるひとばっかりだったんだけど、
今度は私が生きる糧になりだしたので今度はこうしました。

徹底的に怒らせました、私に対して。幻滅してもらったって言うのかな。
「お前どーせこのあとリストカットだろ?勘弁しろよな~?」と
私が吐き棄てると
「お前のためになんか切る腕もないよ、失望したよ。」と大体言われます。
ダメな大人が親だと子供はしっかりするらしいですし。

同じ目線にも立たないし、ダメなところもみせない。
こんな無味乾燥な大人ではそりゃコドモだってかかわれんだろうよ。
大人が上から目線でしかモノを言わんのは
自分と向き合うというタスクを消化できてないからでもあるよね。
だから自分のことを訴えちゃって人の話を聞けない人多いもの。

これをうっかり読んで相談したくなった諸君、
わたしは今引越しパニックできちんと向き合う時間がたらん。
中途半端は出来ないのでそこんとこわかって欲しい。

でもさ、自分の寿命を御上に決めさせるのも手だと思うぜ。
自分で無理しないでさ。
おしまいのときは自分が生きたくても御上がちゃんと上に引っ張ってくれるさね。

生きたいって言葉にリアリティがもてないのも異常ではないよ。
大体日本のお侍さんは、いかに死ぬかってことを何百年も考える文化を
もってたんだから、それがたかだか100年前後で急に変わるとも思えないじゃんか。
まずつらい学校をサボって12chの時代劇をみようぜ。

でもってロックを知ってみ。
楽器触ってライブで騒ぐのを試してからでも遅くないよ。
ちなみにライブハウスにはダメな大人がたくさんいるので
思い切って彼らを真似るのもありだと思います。やばいとおもったら
ロックンロール!!と叫べばよろしい。これで万事解決します。

でもまずは「話をきいて」って呪文を覚えようぜ。
死にたいという言葉をぐっとこらえて
「混乱して何から話していいかわからないけど時間をちょうだい」
これを言う練習してみ。で、できたら太ると思って我慢してたケーキを食べなさい。

それからちょっと騙されたと思って実験してよ
多分アンタが死ぬのをあきらめると
そのうち同じように死にたいって泣く子にあうから
その子にそのいえなかった気持ちを話してみ。
そしたらその子は泣きながら「ありがと」っていうかもしれん。
あ、話を聞くことを忘れずに。馬鹿な大人になるからね。

今アンタが救われないのは
あんたが誰かを救わなきゃいけないからかも知れん
だからそうやっていつか救う誰かのために今荷物を背負ってるのかもしれん。

だから空に向かって御上に文句を言うべきです。
「ちっくしょう辛すぎるだろ御上!なんで死ねないんだよ!教えてくれよ!!」って。
うまく行けば天罰で自分で頑張るまでもなく憧れのあの世にいけますから。

そうやって頑張って28年。
私は未だに御上を怒らせるのに成功してません。
あんたがやり遂げたら大したものです。

とりあえず、小さい身体で訳のわからないまま大人と戦ってる
この日記を読んでるあんたより私は馬鹿なので安心しなさい。

アンタよりどうしようもない人がこの世にとにかく一人いる。

あーあ、また長くなっちゃったよ....ごめんね。

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六九狂木版CEO、引越し業者を撃破する。

今日もいい天気でござんした。
こんな晴れた良き日に、我が六九狂CEOことマサヒロ氏が
契約した引越し業者を粉砕しました。

「あやちゃ~ん。」というささやきから始まった電話が、
次の瞬間から武勇伝です。

「今日は朝から電話してやっと捕まったんだけどさ、理屈ばっかごねるからさ
 俺はそこでこういったわけだよ(以下省略)」

昨日の夜から張り切って荷造りの予定だったんですよ。だけど
なんでだか、体が止まるし、しまいにはとっとと眠くなったので
おかしいなあと思ってたんですが、
祖父の電話を受けて「なるほどな」と思ってました。

明日祖父の信頼する業者が見積もりに来てくださるとかで
彼も母を連れて立会いにきてくれるようです。
もう「明日、行くから!いくからな!あ、昼飯食うなよ!一緒に食べるんじゃ!!」

心なしかすげえうれしそう。

その後、母からのごめんねえという言葉で始まった電話によると
祖父は今日は張り切って早起き。
どう考えてもこの時間から会社やってねえだろ?的時間から何回も会社に電話し
休日だった営業担当を呼び出しバトッたらしいです。

「隣でいてさ、どんどんテンションがあがるのよ。まあ、これでおばあちゃんの
法事でまた一つ俺のしてやったり伝説が出来て、気力充実よ。
あなたおじいちゃん孝行したわねえ。」
と母。

実は私もそんな気がしてます。
「誰かに必要とされてる」という実感が人を元気にしてしまうということは確かですから。
個人主義が成熟しきってないこの国では特に。

鑑定の結果、「アタシを支える」ということに生きがいを見出そうとした人を
私自身何人も斬り倒しましたし。
人は誰かにぶらさがりたい、と遠藤周作原作の映画でも言ってますし。

去年というかこの一年、発見したことの一つに
自分が支持されないと自分の表現に価値を見出せないタイプの人が
結構いることに驚きました。

バンドでファンの子にメールを返せないことで
その人が離れていくんじゃないかという恐怖で目が泳ぐ子とか。
詩人として活動してた時の私はまさにその典型例で
それがすべて崩壊したときにショックで詩人としての声を失いました。

だから木版画家としての自分は
自分の好きなものを作る、ということから少しづつ表現者としての自分を
作り直しました。

よく表現するということの過程の一つに
自分をすべてさらけ出してこそ本物、と考えることがありますが
それはまだ甘いよな、と私は思います。
その心理の裏には、
自分というすべてを他人に受け入れてもらって安心したいという欲求が
見え隠れしている気がしてならないからです。

もし私の文章や表現がそういう風に感じさせているとするならば
それは意図したものではなく単純に私がぶっちゃけ気質であり
隠し事が出来ないからです。

そのかわり、私はこうやってフィットする言葉を捜して
自分の心理を読みながら移ろい行く感情を整理して把握したいと考えています。
何故こうやって文章をあげているのかというならば
現実的に60人前後の人が私の文章を毎回読んでいるという具体的な事実が
数値として出ているというのもありますし、
どっかで人は人と影響しあうということを無邪気に信じてもいるからです。
信じてるのであって求めているのではない。

だから仮に読者が0であっても私はきっと書くことをやめないでしょう。
なぜならこうしてカタチに残すことは第一に自分のためだからです。

自分のためにしていたことがどういうわけだか誰かの心を動かした、
というちょっと予測を超えた瞬間に私は自分の表現者としての喜びと価値をみます。
そこにこそやりがいを感じる。
その境地を知ってやっと、表現者としての求道の長い旅がはじまる気がしています。
だからいつも作品を作って、それを発表する前にはいつも自問自答します。

かりにこの作品の支持者がゼロでも、お前大丈夫か?と。
大丈夫、だって私はこれが好きだもの。
そういえるのを確認してから私はハンコを押すのです。

ファンは大事にしたいと思ってます。
でも、残酷かもしれませんがファンは仲間とは違います。
彼らは自分にとって必要なものをとりにくる人たちだからです。
私という人間と作ったものから自分にとって必要なものをとり
そしてそれが満たされれば離れます。

私が彼らのニーズを想定して準備できることは
出来るだけ私という人間を克明に記録として残し続けることと
彼らが飽きて自分から離れたときに、その自由を保障できるだけの
心の余裕を自分に保ち続けるという二点です。

それを一言で言うならば、
立ち続ける、ということかもしれません。

だからこれから本格的に始動する音楽にしても
私は積極的な誘致はしないし、アンケートを用意するのもまだやめようと思っています。
でないと、自分の表現を見に来ているのか、仲間だからくるのかが
わからなくなるからです。

HPとこのブログのアドレス、それからメルマガの存在を知らせれば充分かと。
それと告知と。

ただ仲間に関しては出来る限りで少しずつ自腹を切って招待したいと考えています。
少なくとも一回は。
だって私のする何かを観てほしいと考えるのは私のエゴであるのだから。
なぜなら彼らは私という人間が好きで付き合ってるわけで
ゆえに私の表現するものを必ずしもみたいわけではないからです。
でも予算は毎回少ないので順番になりますけど....ね。

祖父の電話の数時間後、最近懇意にしている人からメールを頂きました。
粉砕の経過を伝えると
「お爺に感謝だよ、女一人の引越しは舐められるんだから。」
とのこと。

舐められるのはマ○コだけで充分なんだけどな、全くもう。

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2006年11月 7日 (火)

CEO吼える。

バイクの次は武道です。
来年の展示が早くも二つ決まったためにテンションがあがった私は
今日ちょっと早めに道場に行きました。

すると総師範が奥の扉から出現。
「近藤さん、散打のクラスに入らない?」

「へ?(((*´Д)ノ*」

「いやー練習見てたらちょっと他の人と違うしさ~、
履歴みたらキックボクシング部入ってたみたいだし...」

つまり、散打のクラスに物足りない!と特例で入った女性が一人いて
そのスパーリング相手として提案されたようなのでした。

うおおおっ!やりたい!!........だけど引越しと食事を落ち着けてからにしよ。
と思い、一応将来的に....とお茶を濁しました。

気の力は全くどうにもですが、ファイトだけは伝わったみたいです。

そう、お引越しなのです。
だから連絡をとる手段を確保したいのもあって最近はいそいそと
マイミク申請お願いしたりしてるわけです。
まあね、どーせなら全履歴を消去して失踪ってのもありかね?なんつって。

そんな今日午前中
近藤家、六九狂CEOこと祖父、マサヒロから電話が。
「お前聞いたぞ!!引越し代高すぎるじゃないか!!」
とのこと。

私は人生ざるなので、ただ全部がスムーズに行けばお金の云々は
二の次で予算内だったら良かったんですけど、どうもこのマサヒロCEOには
それがどーしても腑に落ちない様子。

もう電話して交渉すると聞きません。
でもって、今日は私の引越し先の見分にも母と来たわけです。
もうCEOですから拒否も逆らうわけにもいかんわけ。

なぜならばCEOは近藤家最強の武闘派だからです

みんな私のブログの乱暴な書き口から私が最強みたく勘違いしてるかもしれませんが
私はこのお方には勝てません。

進学は開成、東大に受かりつつも、家計の問題で進学断念、
その後鉄道学校に住み込みで働くも戦争へ。
その頭のキレぶりから通信関係を任されたが帰国途中にシベリア拘留。

しかし、祖父の部隊はすばらしい稼動ぶりだったので
祖父いわく、「露助の女に惚れられて、待遇を改善してもらった」
とのこと。

帰国後は愛する祖母一筋に国鉄をナンバーいくつかまで登りつめ
不正や自分にかけられた不名誉は会議で粉砕。
その時の武勇伝を話すと葬式だろうが私を成田に送る車中だろうが
止まりません。

で、会社に残ってくれという嘆願を退けて定年退職するも
部屋改造を思い立つと二階から強引にベッドをひきづり下ろしたり
結婚式で自分のカラオケが途中で終わるとアカペラで唄い続けて拍手強要、
病院に入院すれば看護婦の人気者ともう伝説に終わりなし。

どうやら

ちょっとでも間違ったことを言われた日には粉砕するまで言論でぶっ潰さんとする癖や
エキセントリックな言動をなさんとする私の特性はこの人の血を引き継いだことに
あるような気がしてなりません。

新居見分は合格だったんですがさて、問題の引越しは.....?
練習が終わって家に帰ると電話がかかってきまして
CEO曰く、なんと引越し代4万も引かせたとか.......

ひょえーさすがだ。

そんな彼はもうすぐ御歳88歳になられます。
化け物です。

はたして私はこの人が生きてるうちに孝行できるんだろうか?

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2006年11月 6日 (月)

俺、魔法学校つくるかもしんない。

ウンコの次はバイクです。
Shinnersっていう集団のDVDを見てました。
彼らはね、カスタムバイク作りながら、新作バイク発表のパーティーで自分たちで
バンドやって唄っちゃったりするのね。

バディとバイクとロックンロール。

そうなのよ、革ジャンじゃないのよ。
少なくとも私のとっての三種の神器は。
Tatooキメキメの腕を出してTシャツでロードを突っ走る。
そして嫁はそんな自分と、その生活を心から愛しているわけです。
(しかもパイオツ。)これは悶えるよ、理想だ、たまらん。

今やっとロックには片足突っ込んだから、
あとはバイクと、そして.......アメリカ?なのかな。
嫁はちょっと無理だから。
仕方ないよ、気分は上がっても欲情しないんだもん。
あ、余計なことかいてるな、すいません。

昨日近藤家恒例の日米野球観戦に行ってきました。
どういうわけか好きなんです。もう三回連続でみてるんです。
でも、毎回スコアとかさっぱり覚えてないの。
でもなんで行くのかなって昨日グレープフルーツサワー呑みながら
バッターボックスのライアン観てたらふと

「あ、アメリカの空気に触れたいんだ」

とごく自然に気づいてぞっとしました。
何でぞっとしたかといえば、私は小さい頃から
外国のダーリンはダメよ、海外はダメよってことあるごとに言われているからです。
だからもしこのまま海外に引っ張られたら私は家族と泥仕合の覚悟をせねばなりません。

でも正直、自分の心がどんどん引っ張られていくのがわかる。
呼ばれてる?スピリッツに?何でもいいけど。
ただ今の私の御上観とシックスセンスのビジョンの読み方は
とてもシャーマンチックだと自覚しています。

今朝ふと思ったのは、
公言して霊媒する私が生きてるうちにやらなければならないことの一つに
多分何らかの形で指導的な立場で伝えなきゃいけないことがあるということです。

科学はおそらく、シックスセンスの本格的な探求に私が生きているうちには
到達できないかもしれない。だからこそ、シックスセンスの保持者が社会的に
暮らせるようになるような体系というかマニュアルというかメソッドを残したい。

神とか霊の存在する世界がある、とか
それについて説いた本は腐るほどある。
能力の開発の仕方とかそんなのも出回ってる。

でも大事なのは、シックスセンス保持者が、占いや霊媒師じゃなくて
普通に社会生活をおくるための能力のまわしかたとか
もし力が暴発した場合の対処法とか
そういう人との付き合い方とか、そういうことについて言及したものが
あまりに少ないと思う。

「力は開いちゃったほうがいい、でも開きすぎに気をつけて」
どこからが開きすぎなの?踏み越えちゃたらどうするの?
閉じ方はどうしたらいいの?

肝心なのはそこなんじゃないだろうか。

開くよってカード引いたオリバー君の顔に一瞬不安げな表情が浮かんで
「大丈夫だよ、なんか遭ったら助けるから」って言葉にしたとき
言ったからには絶対に守り抜こうって決めたとき
(と、いってももう連絡来ないかもだけど)
私は自分が思ってた以上にでかい何かを相続したのかもしれません。

アタシは、逃げない。
見えることを隠さない。
感じることを隠さない。
だけど特定の宗教の所属で守ってもらおうなんて思わない。
ヒトリの人間として礼を尽くしてお金をもらって社会的に生きたい。
そんだけでいいとただそう思う。

シンプルで普通なことなのにそれに至る道はなんて遠く険しいのだろうか?

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俺たちは路上のロックンロール。

We are Rock-n-roll on the ground
We are Rock-n-roll on the ground
We are Rock-n-roll on the ground
We are Rock-n-roll on the ground

道端のゴミ箱蹴り上げて
したいようにする身体をもてあそぶ

We are Rock-n-roll on the ground
We are Rock-n-roll on the ground

道に止めたTaxiは乗車拒否
Policeのサイレンにももう慣れっこ

We are Rock-n-roll on the ground
We are Rock-n-roll on the ground

すべてに憎悪してるのか
したいようにしているだけなのか
解放とアウトオブコントロールの間の闇をさまよい続け
ライブはオシマイの挨拶もないまま暴走する日常にすりかわる
あなたの生きる日常にきっと区切りはないのだろう
Dscf1776_2
Yeah-
Yeah-
Yeah-

Oh Fuck'n NY!!!
Oh Fuck'n NY!!!
Oh Fuck'n NY!!!
Oh Fuck'n NY!!!

入れ物である肉体の感覚に
耐えられないのかそれとも
完全に従物なのか
全裸で唄い流血しあなたは仲間と練り歩く

すべてのものにShitクワエテモ
それでもあなたはヒトリにならない。
結局あなたはあなたであればよく、
私は私であるだけなのさ、Fuck off。

Fuck off my Day, Fuck off my life,
それでも私はここに生き
日々をつむぐために唄を唄うだろう。

 

Dedicated to C.G.Allin

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2006年11月 5日 (日)

ウンコと孤立とCGAllen

Dscf1775_5総師範曰く、
「武という字はホコを止めるという成り立ちで出来ている。ゆえに、戦いとは相手を制することではなく敵を愛するという境地ではないのか?」
というようなことをおっしゃった言葉に感動したその夜に

C.GAllen氏がDVDで
ファンに向かってライブの演奏中に脱糞したウンコを投げつける映像をみながら風呂上りの髪を乾かしておりました。私のバランス感覚というものはそんな感じです。

この人はNYのMurder Junkeysってバンドのボーカルさんで、もう故人です。

DVDはインタビューと同時に
彼がほぼ全裸で熱唱し、客を引っつかんでは本気で殴り
ポエトリーしながら身体を自傷。投げたウンコで客は逃走、
最後はなくなった時の死体映像というてんこ盛りドキュメンタリーなのですが

最初のほうは
「凶暴な外見に似合わずかわいいナニしてんなあ、オイ」
とかいって見てた私も、あんまりに全裸映像だからすっかりチンコ慣れしてしまい

彼という人間のパンク表現を眺めるうちにいろいろなことを学び取ったのですが

その中でもでかいインパクトだったのが
「人はよっぽどのことがない限り何やってもヒトリにはならないんだろうな。」
ということでした。

ただこれには
ただし、自分から孤立を望まない限りは
という注釈がつくんですけどね。

私が最初にお騒がせ事件簿を冒したときは12歳で
「私は死にたいです、自殺します」
といったのがばれて学級会沙汰になったんですけど
その時もそれ以降も、自分がヒトリだーって思うときって
本当に九割がた何らかの理由でヒトリになってるんですけど
最後の一割だけは自分から現実にシャッター下ろしてた気がするんですよ。

AちゃんもBちゃんもCちゃんも私を無視、そういえばDちゃんも目が合わない、みたいな。
で、この場合「そういえばDちゃん」以降のくだりは自分で決め付けてるというか
絶望感に隙間なく浸るためにどうしても最後の一押しが必要で、自分からそう仕向けた
というような心の作用があった気がするし、展示でもBuster Chatでもやっぱり
私は一人よって人はそういう傾向があった気がします。

キャストアウェイじゃないですけど、
もし無人島でたった一人で漂着しても、
人とコミュニケートしたいって欲求に素直な人は獣でもバレーボールでも
オトモダチを作り出す気がするんですよね。

で、このCGアレン氏はケツに突っ込んだバナナを
「ハングリー?」とかいいながら人に投げたりとか
ガラスに頭突っ込んで流血とかしてましたけど
それでも
「C-G-!!」とかって絶叫して近づくファンには頭を抑えて
「お前俺のチンコ舐めるか?」
みたいなことを言っていて
何がいいたいかってつまり、人とコミュニケーションすることには絶望して
なかったんじゃないかって気がするんですよね。

私もこの一年、本当に人に説明不可能な領域に突っ込んだんですけど
その日々で自分を貫く、少なくとも自分の最善を尽くすって視点をもてたのは
本当に大きな財産だったと思います。
「自分から心をとざさない限りは、少なくとも精神は孤立しない」
自分で言うのもなんだけど、これを知ったことで私の精神はタフになった気がする。

予備校時代に愛した数学の先生曰く、
「人は数学みたいに割り切れない、しかし、だからこそゼロにはならない。
およそ割り算や引き算みたいなことが起こっても人はそれでも歩み寄ってくれる」

んー。

おおよそ、女子のブログとは思えない画像から始まって〆は甘酸っぱい感じだな。

毒の沼地に足を突っ込んでも、その状態を冷静に把握できさえすれば
案外薬効成分も発見できるものらしい。

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2006年11月 4日 (土)

ついに飛ばされる。

今日は道場の勉強会でした。
食事方法や道場の歴史などについての講義の後

ついに総師範のチーゴンを受けられることに!!!!!
しっかし、見本とはいえ、助手さんたちが

ふぐあっ!!!

とか

ぐ、ぐわあ!!!

とか苦悶の表情で飛ばされてしまうのを目の当たりにすると
さすがに鳥肌がたちます。

私の二つ前の女の子が、身体をくの字に折って吹っ飛んだのを見た日には
血の気が引きました。

で、いよいよ私。

総師範、肉食の気を受けてゲーゲー言ってます。
「す、すいませんホント.....」と心の中で私。

「目をみて」と総師範。
両肩をたくましい男性に抱えられたというのに
こんなにもロマンチックより程遠い邂逅はありません。

で、見つめ返した瞬間
体が三メートル後退の後で加速。

こ、これが!!; ̄ロ ̄)!!

というよりなんかシメシメ。
というよりほっとしました。
気を出すのが恐怖心に負けなかったらしいことに。

「ん?」

と師範。

「このこは感じやすいのかな?」

感じやすいどころじゃないすよ!!むしろアヘアヘビンビンすよ!!
あ、失敬。

ちょっと感動。
思えば、回線つなぎっぱなしで放出しまくりで孤立していた私が
いつものように公園にあるなにやら多機能な山に一服しがてら
お散歩に行った日、
道場から発散される尋常じゃない気にのけぞってから早半年。

誰のものなのか
そしてこの道場に足を踏み入れるのか否か
期が熟するのをまちながら
道場を覗き続けていたのを多分彼らの誰も知りません。

で、確信。
あの日のけぞったのは師範の気だったのだと。

この人は本物なんだと思いつつ
遅刻してしまった友人との約束に急いだのでした。

玄米菜食しなくっちゃ。
でも、新米をまず食べきるのが先だ。

しかし、根菜類の摂取を命じられたけど
献立がさっぱり浮かびません。
さて困ったぞ。

で、やっぱりお役目のことを話せなかった......あーあ。

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2006年11月 2日 (木)

ついにホロスコープに手を出す。

ねむーい。
もう本当に眠いんだよ。

そんな強烈な眠気に襲われた今日、
やっぱり気を練るのも乱れたので危険と判断して道場から
途中で帰りました。
......と、いうか、変なもんがみえた。

黄色い着物?みたいなの着て地面に着地する足と棒の端。
正方形のタイルの庭で、自分の周りに6,7人の男。
絶対昔のなんかだ.....もしくは誰かの何かだ、と思ったけど
まだそれがなんなのかはわからず。

気持ちが乱れたときや原因不明のうつ状態になったとき
私が逐一ブログにかくもんで、そのたびに
いつも占星術に長けている女神たち(ちゃんと人間ですよ、たとえです。)が
家にメールやら電話をくれるのです。

すると、私の行動は嫌になるくらいホロスコープに乗っかってるんですな。
最初はくそー!とかってホロスコープ越えを考えたのですが
飽きてきたし、もう星を相手に戦う自分ってのがやたらとドンキホーテみたいに
おもえちゃったんですわな。

なんつーか、物干し竿をベランダで振り回している感じ?
うけるべ?

だからもうあんまり女神たちに無料占いしてもらうばかりじゃなくて自立しようと思い
教えてもらったフリーソフトでホロスコープみながら
石井ゆかりさんが書いている「星読み」という本を読み出したわけです。

(石井ゆかりさんサイト「筋トレ」→http://st.sakura.ne.jp/~iyukari/index.html)

女神さまの一人に教えていただいたのですが
この人実におもしろい、というのは、運勢の流れを文学的な広がりの文でかいてる。
そのテンポが気持ちがいい。
あと、私が個人的に女神たち以外で信頼してる星占いは山手線のやつです。
重要視してるのは、最後の10秒のお告げ。

話が大きく脱線しましたが、ホロスコープ、おもろい。
ひょっとしたら一切のズレなくUPダウンしてる自分がおもろいのかもしれないけど
これを使えば、体調の不調に対する不安に一気に片がつけられそうです。

ゆかりさんの本いわく
「ホロスコープは時計と一緒です。
 時計が時間を作ってるわけじゃなく、目安を示しているんです。」

この一文は目からうろこ。

つまり、流れのモードは昔から確かに存在していて
それをいかに視覚化して心を落ち着けるか?
という手段として、こういう占いの領域が存在してると考えると
これは立派な生きる知恵だと思えてくるのです。

得体の知れない事象に説明やら名前をつけて納得するというのは
科学と同じアプローチだと思うんですよね。

なのに今の科学者がシックスセンスの領域に対して否定的な立場で接することに
私はいささかもったいないものを感じます。
この話は今度ゆっくり意見書くとして。

大事なのは、こころの動揺に対して手早く納得することだと私は思うわけ。
私にとってはこのダウンは日ごろの不養生のせい、として
食事やら睡眠時間やら速攻で直せないものにあたふたするよりも
PCあけてホロスコープみて、おー今の状況に合致だぜ、
こういう時期ならじゃあこれやんべ?って一個でも仕事を進めたほうが
私の人生にとっては有益なわけです。

さて、そんな私ですが
早くて来月、もしくは年明けから仕事として鑑定をする準備をすすめております。
道場に通ったことで、お金を発生させなければシックスセンスに社会的認知が
得られない世界があると知ったこと、

それから、自分の力が安定しなかったころは客観視できなかったのですが
私が手軽な存在としてみてしまうことでその人の自立心を削いでしまう
という事例がたくさん出てきたからです。

生きることから逃げるな!まったくもう!!

だったら史上最高の自己投資になってやろうじゃねーか。
がっかりされても、胡散臭がられてももうどうでもいいです。
おいらはマジなひとしか相手せんからね。

ガチンコライブと一緒じゃ。

鑑定って言葉は好きじゃないので、
名づけて[Buster Chat]。
これから少しずつ、使っていいよって言ってくれるお店を探していきます。
詳細きまったらまた書きますね。

てかヴィヴィアンおいで!って言ってくれる店長さんいます?

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女28歳、再度名をあらためた理由。

もう気づいてる人はとっくに気づいてるわけですが、
私のハンドルネームがまた変わりました。

Vivienne_Alice

ヴィヴィアン・アリスと読みます。
この名前をお茶のついでに最初に話した人は
「素敵。」
と一言おいた後で、
「今ね、アリスに在り住って漢字が浮かびました。」といってくれました。

この名前、こんどうあやのユニバーサルネームにしようと思います。

LAに行ったとき、チャイナアメリカンが自分たちの中国名以外に
現地のイングリッシュネームを持ってる姿に感銘を受けたんですね。

英語は全世界共通言語ではありませんが、広く出回ってるのは確かです。
んでもって私はアメリカびいきなところもあるので、
一個ぐらいあってもいいんじゃないかと。

もう美虎で打ち止めだと思ってたから意外だったんですけど。

Vivienneは個展でも使いましたが私のアヤの部分をあらわす部分。
私の彩って名前の由来を聞いたとき、家の母がいったのは
「なんとなく。」
でした。だから予備校時代、それじゃ悔しいから勝手に理由を考えたのね。

でもって親友に繰り返し
「我は世界を彩るおんなぞね。」
とことあるごとに言い続けてました。
多分それは、聞き役上手な彼女に鏡になってもらって自分に言い聞かせてたの。

でもって聞き上手な親友はそれを上手に料理して私に似顔絵をかき
「世界を彩れ!」
なんてメッセージをそえてカタチにしてくれたのです。

なので、私が鑑定で名前をみて弱点に気づいて
芸名変える気あります?って聞いたときに相手が拒否したら
「じゃあ自分でそこに意味をあてがってみて。」
とアドバイスするのはそういう理由からです。

近藤、という男くさい苗字と、彩という繊細な女っぽい両面のバランスをとるため
私は本当に呪文のように繊細すぎる彩の字を励ましていました。
だから版画家になってからは平仮名にしたんですが。

私は自分の名前を英語で説明するとき、いつもvivid colorと言ってました。
元気のいい色彩、みたいな。でもその活発さはどっちかというと
一色勝負でどんどん変わるというより、虹みたいに全部の色がバランスとって
流れるっていう、そんな感じ。調合を変えるって言うのかな。

だから、vividに一番近いからvivienne。

Aliceはそれの具体的な私の生き方の部分です。
この一年、私は28年間の人生の謎とか不具合に感じてたことの理由を
一気に教えてもらった気がするのね。
そしてその結果、私がなんなのかがわかった。

私はどこの世界や領域に踏み込んでも必ず帰ってくる女。

かつての霊能者の友人は私が人の前世の記憶をさまよったり
見えない世界に突っ込んだときに帰ってくる場所は男であると
彼女の彼氏と議論してたのね。で、私もそうだと思ってた。

だけど、実際はそうでもなかった。
私は自分の力で自力で帰ってくるらしい。
けっこうしんどかったけど(笑)。

いつでも、そん時の一番「らしい」自分のポジションに。
だから日本に生まれたのかも。
大事にするじゃないですか、日本って、
「ただいま」と「お帰り」
それから、仕事から戻ってきた人には「お疲れ様」
人が帰着するってことに対してきちんと価値をみてる。

LAで困ったのは、「おかえり」と「お疲れ様」をいえなかったこと。
いつだって、I'm home!と叫べるけど、私は多分、自分で自分にお帰りを
言わなくっちゃいけないんだと思う。
それか、その時々でお帰りっていってくれるコミュニティを
形成し続けるのかもしれない。
なんだろう、人のシマで生きていくのは苦手だけど、
自分で人のつながりをユナイトするのはすごく好きなの。
今、mixiで再度マイミクしてくれる人に再びお帰りって言われるのね、
それもなんだか今の気分にすごくフィットしてるというこのシンクロニシティ。

そしてそれって、不思議の国のアリスに似てるなって思った。
エイヤッて穴に飛び込んで
へんな生き物やおかしな事態に遭遇して、
女王様にたてついて殺されそうになっても最後には自分のおうちに帰る。

シックスセンスの領域でも
芸術の領域でも
文筆でも、
どこまで深く突っ込んでも必ず帰ってくるんだぞっていう気持ちを
私はこの名前にこめてる。
そしてアリスが自分で異次元の穴に飛び込んだみたいに
自分の意思で動いて冒険するんだって言い聞かせてる。

この名前をひそかに使い始めて、
しっくり馴染みだした今日この頃、

やっとね、自分をオトに出来たなあ.....って気がしてる。
意味じゃなくて、オト。

世界のどこにいっても、どんなパートの表現でも
私はこの名前で自分を認識できる気がする。

アタシはね、ヴィヴィットに動いて、必ず帰ってくる女なのよって
カラカラ笑える気がする。

こんどうあやは、しがらみを越えて純粋になるための名前だったから
やっぱこの先には弱くて
美虎はシックスセンスの領域で生きすぎてしまうし、大きな修行状態は終わったから。

あー名前でチャプター分けて自伝が書けそう。
今の私の夢は自伝書くことと、
平家物語を私の前世の記憶を盛り込んでドカドカ書くことですから。

来月はサンフランシスコの展示のオープニングに出ます。
散在天国です。
でもね、今は身体に「ユニバーサル感覚」を強制的に覚えさせなきゃいけない
気がするので自己投資です。

かえるのよ、
必ず帰ってくるの。
どこに行っても、
何に巻き込まれても。

元気よくドアをあけて
「ただいま」っていうの。
そしてそこで経験したすべてを一個一個大事に吟味しながら
「おかえり」を言い続ける。

そして自分を日々更新し続ける。
死ぬまで変わり続ける。
泣くことも笑うことも怒ることも恐れない。
ただ楽しむ。

私の名前を素敵だといってくれた人が今日夢に出てきてこういいました。
「私はね、みたいんです
 彩さんがどこに進み、何を考え、
 何を選び取り人に訴えるのかを。
 それを知りたくて会いに行くんですよ。」

この夢が私の本心を表すのなら、やっぱり私に人は救えない。
私はVivienne_Aliceという生き方のエッジの効いた標本であればよく
ある地点での考えやポジショニングを映し出す鏡として機能すればよいと。

鑑定でも表現でも私が人に言えるのはやっぱり
「おうちに帰んなさい」
なんでしょうな。あなた自身の世界の中へって。

皆さんはでも、好きに呼んでください。

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2006年11月 1日 (水)

好きなら好きといったらええやん。

単刀直入に書くとオリバーボーイに振られました。
お返事まちにじれた私は電話して、

「よく聞け、お前を愛しているんだ。」
と、英語で言ってみました。

「OH-」とかいう予想通りのリアクションの後で
僕はすごく年下だし....うんにゃらかんにゃら言われたんですが
そこのうんにゃらかんにゃらがよくわかんなかったので

「私はききとれないんよ、だからゆっくりゆうてくれ」
といったところ
「But I like you。」が聞き取れたんで、あ、振られた。とわかりました。
だから今日からはGOOD FRIENDで、というわけです。

あーしかししかしだ、
観光ドライブの車の中で「私、ギャラリーのスタッフの誰よりも年増ジャン?」
といったときに
「Age is only number.」
といわれたのがかなり私の中ではキラーワードだっただけに
お前、I am too young.....って何だよ?前言だいなしやぞ?と思ったり。
でもまあ、アタシも年上過ぎてしかも離れてっからいえなかったわけだしね。

そんなわけでシノバズ(忍池弁天さん)に愚痴をいいがてら
上野にミイラや化け物の標本など見に行ったのですが
池でアヒルの行列をみながら思ったことは

「人がある地点で言った言葉や行動が真実であったとしても
 その本物でさえも時間と状況によって移ろうのだ。」

と、いうことでした。
この移ろい変化する世界の中で、ずっととどまり続ける状態に本物を求めるのではなく
自分から発露した感情がどんだけ自分の内心に正直かということに真実を見る価値は
存在するのかもしれません。

50円玉を投げ入れ
「振られちまったよ。」と報告する私をゲラゲラ笑う弁天。
彼女に一個言われたのは
「ブーメランだよ、ブーメラン」
「???」
「まあ、セイゼイ後頭部にぶつけないように気をつけな。」という言葉でした。
意味がわからん。

カルロス・カスタネダの本に出るシャーマン曰く
「最初は甘い言葉でさそわれて入った道だったが、気付いたら抜け出せなかった。」
という奴なのかもしれません。
恋愛を探すのも、追うのも疲れる。
でも、たとえ一生行かず後家として終わっても
「私は芸術と結婚してる」とか
「カミサマにプロポーズ」とか絶対言わんぞボケ!

LAランデブーの話をすると
「もーなんで押し倒さなかったんだよ~」てな感じで盛り上がってしまったので
うっかり忘れていたことなんですが
私が手を出せなかったのには理由があったのでした。

ディナー食った中東料理店で彼が引いたオラクルカードには
「この人は目覚める」と書いてあったのでした。
私は自分が19歳の時のことを思い出してました。

私が詩人の名付け親に「君はシャーマンだ」といわれたときの事を。
彼が恋人と住んでいた家に転がり込むと
彼は水パイプでタバコを吸っていて
君のエネルギーを見たいといって触れたが最後、
彼は私の最初のオトコになったのでした。
で、呆然とする私の横で彼は興奮気味にジョンレノンの歌うヨーコの唄を
熱く語り続けていました。

アラビアの水パイプ、
店に入る直前に彼がかけた音楽は「OH YOKO」で
そして身体も心も弱りきった私の前に無邪気な男の子がいて
でもって将来私と同じ道に行っちゃうかもしれないという状況。

正直、目覚めるかもという状況を伝えることさえためらいました。
でも、たぶんこうして形になったからには言わねばならない。

私が名付け親の話をしたとき彼は言いました
「なんだか今は僕がそんときのアヤの立場みたい」
そう、まったくもって鏡のようだと思いました。

それを言われたときに私は心を決め、そして言いました
「いつか君はわたしと同じように、誰かをシックスセンスで助けるかもしれない
 だけど、それは前世をみるとかそういうことじゃなくて、アートをやるだけでも
 十分に人にできることだよ。できるだけ心をクリーンに保って。
 それでもどうにも出来なくなったら、連絡ちょうだい。助けるから。」

名づけ親の気持ちを思いました。
彼もまた難病に侵された体と日々研ぎ澄まされる感覚の中で必死に
もがいたのかもしれない。だから同じ空気を持つ私を抱かずにはいられなかったのだと。

でも、だからこそ、私は連鎖をとめなければならないと強く思ったのね。
自分が救われたいという気持ちだけで、誰かの人生に明らかな苦難を授けては
いけないのだと。多分私が彼にすべきタスクはお役目を告げて、それを前向きに
捉えていけるように言葉で流す、ただそれだけ。

そして私たちはにっこり笑い、そして帰りの駐車場で私は彼をどついたのであります。

それでも、思いを伝えてしまったのは?
もうたくさんだと思ったわけ。思いを推測したり、推測するついでに前世の縁とか
星の運行まで調べて、どうなの?どうおもってるの?ってわきゃわきゃすんの。
だってさ、答えは手の届くところにあるんだもの。聞けばいいんだ。
聞いてからどうするか決めればいい。
問題は好きだということではなくそのことが引き起こす行動なのだ。

言おうが言うまいが、続く縁は続くし、ダメなものはダメだし。
温存してうまくいった恋は学びはくれるけど成功した試しがなく、
その場で意気投合しちゃってメンタルがあとからついてくる恋ばっかうまく行っちゃうから
だったらもうシックスセンスが開ききった時点でもうわざわざ学ぶために引き伸ばす
恋なんていらないと思った。

あ、って思ったらいうのよ。
とりあえず、好きだっていうのよ。
思い続けるかどうかはそっから決めればいい。

鍛え抜かれたピュアネスはきっと何よりも強いはずだから。

あたしはどうするかって?
とりあえずオリバーソングのどうしても埋まらなかった四行が埋まったんで
曲にして飽きるまで歌います。
すっぱり忘れるってのもいいけどさ、学びつくされない関係は消化できないし

第一この唄は、
ヴィヴィアン_アリスの楽曲の中でも1・2を争うキラーチューンだからです。
こうなったらせめて芸の肥やしになんなはれ。

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