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2006年11月11日 (土)

六九狂木版CEOとANARCHY IN THE UKな孫、ついに全面衝突する。

「18時44分か....。」
黄ばんだ壁紙に囲まれた新居のエレベーターの中心に
どっかとヒトリがけソファーを配置し、
私は自分のフロアまでのナンバーが上昇するのをみてました。
エレベーターにソファーで座る、という暴挙が達成される原因は
そこからおよそ20分まえの出来事にさかのぼります。

今日は新居契約の日でした。

前々からCEOに「確認しろよ、絶対確認しろよ!!」といわれていた案件があったのです。

それは、家賃の支払方法。
CEOからは借主が毎月家賃を支払う際に手数料まで負担するのは遺憾である、
ゆえに借主口座から家主が引き落とすように要求せよ、という至上命令が出てました。

ゆえに提案、しかし却下。

大家にも支払い管理のしやすい口座はあるわけでこれは彼にとって
ビジネスなんだし、しかも他の借主もそれにしたがって住み続けている、という
現状であるならやっぱ従ってしかるべき、これがアタシの結論でした。
そして管理不動産でも、知り合いに電話したりしてなるべく手数料が安くなる方法を
調べてくれたので、充分だろう、と思ったんです、が、

CEOは納得しません。
「それはスジが通ってないだろ!!」とCEO。
納得できないものは絶対自分で確かめるのがCEOです。
諦めて電話番号を教えました。

数時間後。
焚いたバルサンの処理のために開けた窓が閉まらなくなったので業者さんに電話すると
なんだかすごく慌ててるし、弁明してます。
「こりゃよっぽどやられたな......」とオモイマシタ。

で、担当さんは穏健な私に経過報告のお電話。結果は「むりっす」。
やっぱそうだよね、彼は賢い。

だもんで私が実家にかけるとCEOはヒートアップ。

彼の主張によれば
大勢の借主をもつ家主たるもの、少しでも借主の負担が減るように有名なバンクに
口座を持つものであって、それを怠りローカルな口座に振り込ませてふんぞり返るとは
人の道に外れておる。そこにスジはなし。

まるで極○さんのようです。ところが.....

「お前が今日ハンコ押さなければ、俺は契約差し止めて今の住居にとどまれ!
と指示できたのに!!」ってあっぶねえ~。

って....はうあっ(゜Д゜)!!

引越しはともかく家までとはご無体な!!
ついに孫である私もキレました。

「おじいちゃん、人にはいろんな考え方があるでしょう?
 日本には日本のルール、アメリカはアメリカのルールがあって
 それを勝手に自分の物差しで変えてはいかんぜよ。」

「おのれ!!おのれまでそんなこと抜かすかっ!いい覚悟じゃ!!
今後一切、お前の援助はせんぞー!!」

「いいっすよ、いいっすよ、望むところですよ。
やったるわ!!」

「言ったな、おうおうおう、そうしてもらおうじゃないか!」

「しますよ、してやりますわ、草食って生きたるわ!!」

と、いいながら、うーん、ホロスコープ通り、援助運がなくなるながれが来とるわ、
と感心してる部分が微妙に六力保持者です。

するとこのクリンチ状態に母介入。
「はいはいはい、売り言葉に買い言葉状態でヒートアップしないの!!
 ご飯だから切るわね。」

がー腹立つ!!
んったく家まで明け渡すかっつーの!!
もう俺の修行は終わったんじゃ!!
とか部屋でウガウガ怒ってました。

自分で言うのもなんですが、とても御上の声を聞いてる人間らしからぬ発言。

すると、奥の部屋で鎮座していたベロアのソファーが言ったのです
「へい、ベイビー!僕をとりあえず運んでみないかい?」
「ええっ!ソファーさん、だって梱包も何もしてないじゃない、危ないわ☆」
「いいんだよ、まずは動いてごらん」

あ、キノコは食べてませんよ、いたってナチュラルです。

こうして私はソファーさんの声にしたがって
「引越し業者のお荷物を傷つけず安全安心運送なんて何ぼのもんじゃい!!」
的なテンションでドアやらエレベーターやらに彼をゴンゴンガンガンぶつけながら
外に出たのでした。

そして鬼の形相でソファーを担いで路地を練り歩く私に人々は記録的なスピードで
視線を外し続け、猫は逃げました。
そして冒頭の展開へ。

業者の来る前に何度も運び込むのはどう考えても非効率ですが
身体を動かしたこととその分家のダンボールが減ったことで精神的に安定しました。
めでたしめでたし。

昨日の話じゃないけど、
私が修行状態から喜怒哀楽すべてを取り戻したのはやっぱり
それらがないのは人として不完全だと気づいたからです。

自分が何がしかの要素で怒るとき私はカーマスートラを思い出します。
カーマスートラは大変に有名な性の指南書ですが
その中心の思想は、
人はすべての思想を経験しつくした上で凌駕すべし、だと
思うからです。

怒りやネガティブな思想を押さえ込むのではなく、
適した時期に思い切り経験し、適した場所に流すのです。

私が道場に恋焦がれ、通いはじめてこの場所をますます愛するのは
武道が闘争心を流し、そして解放するのを許してくれる場所だからです。

押さえ込まれたネガティブはいつか限度を超えて爆発します。
感情の正しい流し場所を現代のコドモは失っているんじゃないか?
そしてそれがいじめや自殺や少年犯罪につながっているんじゃないかと
思う昨今です。

だから私は近年のスピリチュアリズムが良い感情をもとう、育てよう
という面ばかりがクローズアップされて、ネガティブな感情を流す手段を
押さえ込むような流れをますます助長している気がして危惧しています。

だからアタシは28歳なりの未熟を精一杯楽しむ!!

で、少年ジャンプみたいな六力遣いでアーティストになるんだわ。
エヘヘ。

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