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2006年11月20日 (月)

8年前と何も変わらない。

うちのマンションの階段の途中にウンコがおちていた。
量や形状から察するに人のものではないかと思われた。

幸いにおいはなかったものの、
公衆の面前で自分の排泄物が見られるということが
やったあとの自分のケツをティッシュで念入りにふくという見えない部分の
こだわりを超えている心理をしばし考察する。

答えは出ないが、とにかく、
このマンションはやはり潮時なんだと思う。

CEOことうちのクレイ爺はもう4日以上はうちに来て
自作の梱包材料をかかえて何事かをひとりごちながら作業していた。
で、一緒に実家にかえろうと聞かないので道場をさぼって
帰宅途中でパスタをたべる。

買い物途中ではエスカレーターでどうしても遅れがちになるので
心配でちょくちょく振り返っていると
投げキッスしたり舌をだしたりと
お茶目もはなはだしいが

聞き間違いと聞き損じを当たり前と思って話を聞けば
彼も本音を話し出す。

六年前に死んだ祖母の葬式に来なかった部下を恩知らずと
怒りながら彼はしわしわの顔から細い涙を流す。

「よくしてやりたい気持ちはあるんだ....でも、あの人は私の最愛の人だったから....」

「仏壇の前でね、唄でも唄おうかとするんだけど、泣いちゃって声にならないのだ」

もらい泣きする。
そして私の後ろをうろちょろする祖母が現世に居座ってる理由を
根拠もないのに彼を待ってるんだと確信する。
祖父が人生を納得するまで生ききるのを彼女は見届けたいのだ。

だから過保護だとなんでも言われようが
私は祖父が満足できるなら出来るだけ暴走でもニコニコしてたいとおもう。

その前日は日本酒を飲んでうどんすきを食べながら
鉄道学校の改革断行の話をする。

「お爺ちゃんは怒ると怖いんだぞ、鬼の近藤って言われたんだ」

「じゃあ方針にさからった部下はどうなったの?」

「トバした。」

帰宅した実家でチンギスハンの伝説をみながら
やっぱり人としてダメだろって奴の首をガンガンちょん切っていたのをみて
トバせないし、殺せない俺はどうしたらいいのよ?と映像を流しながら
考える。

多くの人はいう、「忘れなよ、しかたないよ」
でも少なくとも自分には無理なとき、その対処法は全く持ってわからない。

8年前を思い出していた。
最初に付き合った男に棄てられて、どうしようもなくて
若さもてつだって
「もう私はどうしていいかわからない。だからこれが遺言」だとか電話して
40錠くらいの薬をかっ込んで飲んだ。

夕方にその男が電話をして
「死にそこなった気分はどう?」と聞いてきた。
自分が自殺の引き金にならなかったことで気分が高揚したのか
「おれあのとき、死ぬんならしんじゃえって思ったんだよねえ~」
と、笑顔で話してた。

とっくの昔に俺はしんでもいい奴だったじゃん。
と思い出す。

その後で付き合った最初にジョニーに言われたことを思い出す。
「俺はずっと疑問だった。あれだけたくさんの人間に囲まれていたのに
 どうして君は不安定なときには一人で酒を飲むことになるんだ?」

人間関係の質を問われたんだろうか?
少なくとも相変わらず、私のその状況ってのはかわらないよ、ジョニー。
変わったのは酒を飲まなくなったことと行動で荒れなくなったことくらいで。
相変わらず傍観されながら俺は一人だよ、と思う。

いや、思った。

親友からメールが来てた。
私にはあなたの修行の状態はわからないし、この言葉が届くかもわからない、
だけど私はいつでもアンタがみてくれた何かを行動に移すとき
「大丈夫だよ」とあなたに言われている気がするのだから......
あなたの力は大切な人間にエネルギーを与えているんだよ?.....と。
熱があったのに。

男に死んじゃってもいいかと思われた日。
親友である彼女は相手の男に電話してこういったそうだ。

「彩はね!死なないから、ほんとに死なないからね!!」

この人はシンプルなんだと思う。

つらそうだったら声をかけるし、かけられなかったら言葉をかける。
どんな言葉をかけていいかわかんないと言う前に
わかんないけどこうだと伝えに来る。
「大丈夫だよ、話してみ?」
「なんも出来んけどどうしたね?」
後にも先にもこの子だけなら、私がたくさんの人と関わり続ける理由はなんだろう。

そしてオリバーに惹かれた本当の理由もわかる。
彼もまた、シンプルだったんだと思う。

前の人の小銭がなかったらあげるし
がっかりしてたらひざをさすってあげるし
どっかにでかける時には全員分の水をかう。

私は拮抗するシンプルさに出会って心が緩んだのだと思う。
多分私が願わなければならないのは、
もう一度会えることではなくて、そのシンプルさが守られること。

落ち込んでたら、とりあえず声をかけるシンプルさで人と接しても
私にはそれはかえってはこなくて
でもそれは自分の宿命で乾くことがないから人に返すことで還元する、
という理性の判断がキャリーオーバーになる。

霊媒の先生は「あなたは人を救えてもあなたが人に救われることはない」
と、断言して、自分もそれをわかっているのに。
鍛え上げられたピュアネスしかチカラを発揮しないのだと、わかってるのに。

理解はされなくても、声をかけられたいコドモが一人
どうしても大人にならずに心に居座っていて
その子が大人の私の足をときどき引っ掛ける。
この子を永遠になだめすかす好物を私は見つけていないのだ。
でも、なだめすかすことに成功してもそれは私といえるんだろうか?

たぶんその子が誰かの中の泣いてる子供を見つけ出して
私に声をかけさせるんだけど、
困ったことにその人にはアタシのなかの子供は見えてなくて
たぶん理想のお母さんにみえているのだ。
おままごとのお母さんは本気の反抗期で殴られた生傷が16人分
消えてなくて、そりゃ16人分じゃそろそろ重症だとさけんでもしょうがないかと
私は私を甘やかし始めた。

そしてこうしてウンコではじまる暗い文を脈絡もなく書き続けているのだ。

祖父は言葉をつむぎながら
言葉をこえる恩とか人間関係を持てる人を信じていて
多分私も同じ何かを信じてる。

どんなにそれが甘えでも、たぶん一向に構わない。
あたしは誰かにとってはすでに死んじゃってかまわない人なんだからして。

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