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2006年10月23日 (月)

心のヒーロー。

最近無理解に苦しくなると
元彼ジョニーくんのお父さんのことを思い出します。
もう故人なのですが。

彼の父上は、静岡で有名な刑事さんでした。
(少なくともカリスマだった)
しかも任務が結構大きかったのです。

私もはじめてお会いしたときに
「東京といえばサンヤですね、あそこは楽しかったなあ。」
と、素で言われたときに
「うわあ、人間でかいなこの人!!」
と内心びっくりしました。

そんなお父さんの車に十円傷がつけられたりする嫌がらせがあったのは
警察の不祥事が立て続けにとりざたされたころでした。
「肩を落としてる親父をみてられなかったよ。」
という話を何度かジョニー君からききました。

でも、そのときお父さんが言ったそうです
「しょうがない、確かに悪い奴もいるんだ。」と。

それでもお父さんは自分の仕事を誇りにしていたそうです
「正義の味方だからな」
と笑顔でいうんだぜってよく聞かされていました。

霊媒もね、悪い奴はいる。

悪い、というか未熟かな?

見えないから、立証できないから信じてもらえないことも多いけど
だからこそ、ネガティブなことを不用意に発言することが
場合によって相手にとてつもない動揺を与えてしまう。
そしてそのことに対する認識が甘い人が残念ながら多いと思うの。
そんな感じのトラブルで毎日が不安だって人を訂正して歩くことが増えてきました。

だから、私が胡散臭くみられたり疑われるのは仕方ないと思うのです。
でもそれでも私は、自分じゃない人の生き方が影響して自分を色眼鏡で見せている
ってことにどうしようもなく切なくなるのね、

そんなときに心のヒーローみたく彼のお父さんを思い出す。

ネガティブな現実を受け入れても、それでも、この世界のどっかの部分で
正義の味方でありたいぜって一人の人として全うした生き方があるって。

私の場合それは
「何らかの形で希望になりたい」って言葉に置き換えられるんですけども。

おじさまを思い浮かべるとき
自分の哲学を全うする生き方が、
誰かのためとかって抽象的な概念を相手に生きる人よりも
よっぽど人に力を与えるんだって大切なことを思いだします。

お会いできたのは上野の美術館でのたった一瞬だけだったのに。
だけど、その存在の記憶は私の中では今でも支えになってる。

アタシの精神的なキャパシティとオーバーワークに関する事に関して
たとえ話をするならば、
今までの私は帰る家になろうとしてた気がします。
でも、多分私は
「おうちに帰んなさい!」と竹刀をもってジャージ着て見回ればよかったんです。
いわば、補導する生活指導の先生みたいな。

ええ、だって私、教師の娘ですしね。

そしてきっと
教師であるなら困った生徒や問題ある生徒を家に連れ帰って面倒見るべき
みたいな価値観をまじめに遂行しようとしたんでしょう。
でも実際生きてくなら学校でたら家に帰ってダメオヤジしてよかったのよ。
だからね、もうお家には泊めないよ?

そんでも家に無理に泊まろうとするひとは
これからは光熱費と食費とかね、宿泊代をとりますよ。
だってここは日本なんだから。
うちはあなたが思ってるほど、広くないのよ?
第一神経質なアーティストのいえなんだからね、
お泊り仁義、というか礼節は守ってもらおう。

と、思う今日この頃。

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