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2006年9月28日 (木)

そのとき僕にはなにがおこるだろう?

この前パイメイ師匠に死相がでたんですね、
といっても彼が言い出したんですが。

「あやちゃん、なんか頭から黒い影がでてるようなさ、
ちょい気になるんだよね、みてくれないか?」

私はその日MADSINの来日ツアーで大騒ぎで疲労困憊の帰りでしたが
師匠の一大事なのでタロットもって定食さんへ出直し。

で、話をしたけど元凶は過労のようでした。
だもんで音楽の話をひとしきりしたあとで、
パティ・スミスとNYで道端で会ったとか、
自分がアートに踏み込んだきっかけになった元ビートルズの
スチュアートサトクリフの写真にオーストラリアの個展で再会したとかの
話をしたわけです。

したらパイメイ、真顔になって
「.......あやちゃんは、音楽のスピリッツによばれとるんだね」
と一言。

「ああ、私もそう思うよ。」と声に出さずに同意しました。

ここんとこずっと考えてます。
ずっと、六九の外側を円周をなぞるように関わっていくのが
私の人生だと思ってきました。
でも何でだかそこに真正面から切り込むことになりました。
それがどんな意味を持つのかということを。

その数日後、パイメイにオーディションを止められた日
私はフロッキングモリーのDVDをみました。

フロントマンのデイブいわく
「僕は自分の音楽を信頼しているんだ」

この一言が染みました。

パイメイ曰く
「自分の下手さとかそういうの気にしてるうちは駄目なんだよ」
普通はそうなんだと思う。

でも、私はもう28歳で衝動だけで何かをするには
(というか鑑定者としての性質上)落ち着きすぎてる。

でもね、木版画で手ごたえをつかんだ墨の技法は
すでに果てしないコンプレックスから生まれました。

まともに描けない私が写真技法で形を具現化するって方法をつかんだけど
やっぱり彫るうちにパースやら表現がおかしくなって
そんな版でも摺りで挽回できないか?という追究のうちに
出会ったのが墨で線をぼかすことでした。

ポエトリーもそう、詩的ロジックがないことは充分わかってました。
だから「これは詩ではない!」と叫び続けてた。

「○○だとわかってる、でもやるしかない」

私を動かす行動原理はこれだけです。
いかにそこまでの覚悟を自分から引き出せるか?
だから欠点と深く向かい合わざるを得ない。

技法のこと、つたない技術の不安を
何人目かに口にしたとき、こころのなかから湧き出す声を感じました。
たぶん、余計な皮がむけて出てきた本音です。

「わかってるくせに。」

「本当はわかってるくせに、
 魂が技術を超えるってわかってるくせに
 今までだって技術云々でやってきた人間じゃないってわかってるくせに

 わかってるくせに
 わかってるくせに
 わかってるくせに..........。」

デイブの言葉を借りるなら
信用しています、自分の表現力を。そして自分を。

たとえ失敗しても、前向きに何かを学び取れることを
自分であるために何かをできることを。
そして私がそれを偽らないことを。

それらが自分のためになされるかぎりにおいて
私はどんな状況でも表現者として立ち続けられるというそんな力を。
私は誇りを持っています、私が私であることに。

初ライブはもうすぐです。

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