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2006年8月14日 (月)

あきらめないこと、絶対にあきらめないことに関するここ数日の日記。

たとえ穴の中に落ちてても俺は怖くなんかないぜ
なぜなら俺は自分の道を見つけたから
                 ROBIN「MY WAY」

霊能力の高い人は外部からの影響が強くて外に出られなくなる、ということを聞いたことがあるがまさかここまでだとは思わなかった。

ROBINにご機嫌でもう明日から大丈夫と思った身体がすでに動かない。まるで頭の上から何かに押さえつけられている感覚。これじゃメンヘル時代 と何も変わらないじゃないかと思う。畜生!畜生!私は27歳にもなってマグロ女になるために生まれてきたわけじゃないんだと思って布団の上で悔し涙を流し ていた。

三時間に一度は頭をぶち抜きたくなる衝動はきっと、極限まで使い込まれて磨り減った神経がすべてをやめて楽にしたくなるからだろう、蝉の声を聞き ながらそんなことを思った。やっとの思いで苦しい胸のうちを吐いたメールはそのことに触れずに返ってきたり返信なかったり。きっと一人で耐えろってことな んだろうと理解する。もはや心配されることも応援されることに心を動かされたり意識を使うことにも耐えられなくなって
しまい、メールを読まないことにする。わかっているのだ、皆自分がやってるようにジャストナウで人に連絡したりすることができないと。でも肉の 身体は残酷で何がしかの代償を求めだす。だからそんなときは目をつぶって眠る。一瞬だけ遠のく意識。また蝉の声が聞こえ出す。外の通路を子供が走る。

こんな身体になって細々と貯金してた口座を次々と潰してきた。今日の財布は8円だった。それも近くの神社のお賽銭でカラになる。霊能者の自分をメ インにしてそっちで生活したほうが楽になるのはとっくの昔にわかっている。力を温存する時間も充分に身体に与えられるし収入も安定するかもしれない。
だけど、それじゃいやなのだ。エッジがほしい。美輪さんが若いときに前世が見えすぎてつらくて力を返上したなら、私は絶対に返さない。私は私にしか出来ないエッジが欲しいのだ。だったらセオリーと違うことをするしかない。

私は自分が目指すところの最強になりたいのだ。

人のいうところの強い霊能力を保ちながら自分の作るもので
セルアウトになりたい。どうしてもなりたいのだ。人から「こんどうさんはもっと売れてもいいはず」といわれるまでもなく自分でそう思っている。だ けど現実は評価がいいのは海外ばかり。こうなったら本気で海越える?日本で伝わんないならそれでいいじゃん?とか、こうしているといろんな思いが錯綜して いく......。

この9ヶ月で100人強の人を見てきた。あがり始めの頃からずっと、誰かと関わって電話して何かを伝えて自分の力も引き上げてきた。一時、私の携 帯にはそれぞれの人の名前を付けたフォルダーが10個もあった。そうこうしてる内に、電話で唯一相談してた先生に「あやさまのほうが私よりも力が強 い...」とかなんとかで鑑定を拒否されだした。先日やっと最後と思われる人を手放した。結構きついやり方をしたけど、自分の足で歩ける力を信じている。

そしてやっと私は自分のこれからに思いをはせられると思った矢先にこのざまだ。CDJまわして、やっと元気になったかと思えば得体の知れない吐き 気でとめどなく生唾が流れる。もう畜生というのにも飽きてしまう。本当は流れに乗ってなんとなく生きるのが時代にあっていると思う、でも自分の何かが自分 の能動性を殺すことを拒否している。混乱し始めたら「本当ならこうあるべきなのに」という思考を「こうなりたい」という希望に言い換える。そしてそれにつ ながる何かを数える。今の自分を冷徹に観察する。出来ないものは出来てないと思う。でも、なりたい自分に少しでもつながることには着手する。ドロドロの精 神状態と失われていく人間関係と失わせた信用と信頼と、そんなものの中で目をつぶり御上に祈るとき、私がこの人生のすべてをかけて言わなければならないこ との何たるかがわかってくる。

「あきらめないこと。」

絶対に、何があっても希望を捨てないこと。あがかない人生もありだと思うのね、だけど私は信じている。あがかない人間が力強く「希望」を語ることなんて出来ないと思うから。そして「希望」こそが力強く語られることが似合う言葉と思うのだ。

叫べばいいと思うのだ、死にたいのなら死にたいと、死ねないのなら「どうして死ねないのだ」と。他人が甘ったれだといおうが馬鹿にしようが間違っ ているといおうが、しんどくてしんどくてどうにもならないのなら、たった一人の自分だけはその感情を否定しては駄目だと思う。そしてネガティブの限りを吐 き出したあとには本当のポジティブがやってくるはずなのだ。
そしてその悲しみを恨みではなく、経験の道具として使う覚悟をしたなら、それはきっといつか誰かを助ける。私たちには共感という感情機能がある。それは日照時間や気温に差があれど
どこの国にもお日様が昇るのと一緒だ。

本当なら年間で300人くらい見られたらいいのにと思う。たとえ私の寿命が80歳まであったとしても、65億を超えた人口に追いつきっこないのだ から。でもせめてそれがままならないのなら、聖人や善人でなくていいから自分のことを極限まで見つめていくことさえ恐れなければ、人は楽しかったといって 死ねるのだということをリアルに体現したくて、キレイ事も自然体も打ち捨てて、ただ突っ走ることにした。たとえこれが間違いでも暴走でも何でもいいと思っ てる。大体、どうしてみんなに平等に御上が見えないのかといったら、それはやっぱり自力だとか生命力だとかそんなことをMAXに引き上げるために私たちは 背をむけているのだと思うのよ。

一つの考えや価値観で世界は統合されるべきではないと私は思う。その結果滅びてしまう世界なら、私はそれを受け入れる。

仮に世界の全部がクラシックしか愛せない人で埋まるとしたらそれはやっぱりヘドが出るほど気持ちが悪いことだもの。もしそういう人がいるなら、そ れはあなたの好む生き方でしょう?といいたいの。私はロック以外の音楽を否定したことは一度だってないわけ。自分には合わない、というかも知れないけど。 スラップのない人生なんて、私には耐えられない。前に進むために作られた身体なら、守ってなんかいられない。そしていつか御上が私に寿命をくれるなら、全 部の力を使い切って電池が切れたみたいに終わるのがいい、願わくば。

やっと夜になってまたメールが打てるようになった。
とりあえず小康状態。
また何か一つ越えた気がしてきた。でもこんなことこれから
ずっと続くのかも知んない、これからずっと。
本当ならこんなネガティブな日記は書くべきではないのだ。

でも、伝えたい人がいた。
少なくとも私を支えてくれる人で返事をかけなかった人や
メンヘルと闘う人や、旨くいかない状況で苦しいひとに少しだけ届く言葉があるんじゃないかと信じたから。

そして、私という存在を丸々受け入れてくれる友人たちには
御上が見えなければ、言葉すら聞こえないから、唯一つ確実にリアルな私は平穏の境地に背いてあがき続けることにしたのです。たぶん私はそのことに絶対的に耐えられると思うから。

本当のことだけ見つめることが出来ればそれでいいのよ。
自分の目で
自分の力で
その経験で。
自分にとって本当がわかればそれでいいの。
たぶんね。

それだけ。
コンタクトを探すみたいに、
今あることから出来ることを探してみて。

答えは、きっと、待ってる。

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