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2006年6月14日 (水)

作品が誰かのなんかに似てるのを感じたとき。

Ira16   Ira18    Ira19

明日から初講師だ。
悩んでる。
いったい何を話そうかと。
あんまり突飛しないでオーソドックスに
やんないとと思うから。

ドローイングが調子に乗ってきた。
でもパルコの本屋で奈良美智のドローイング集みて
うーむ、六九なだけに似てるかな...とまた悩む。

共通意識とオリジナリティを求める部分が
ちょうど相反してひっくり返る午後5時45分、
開いた本を書棚に戻す。

フランフランでレザーの子豚のぬいぐるみとにらめっこして
そもそもオリジナリティってなんだろうと思う。

と、同時に

似てるってことの何が悪いんだろう?と考える。

誰かの何かに似てるってことは
その人と共通の何かが自分の心のなかの感覚にあるってことだ
皆革新性を求めたがる。

でも、新しいものは新しいだけじゃなくて
今まであってもよかったのに無かった何か

ずっとほしかった何かじゃないと駄目だと思う。


で、YOSHIMIでプレーンラッシー頼んで答えに行き当たった。
答えをくれたのは真っ赤なストローのくいっと曲がった
小さな個性。

Drink

アレンジなんだと思う。
配列の組み換え。

寺山修司も言っている
「人間は進化してない、変化してるんだ」と。

人の前世みても思う
基本性格は変わらない、ただ、時代によって
生まれてきた目的を遂行するアレンジを探して
みんな生きているんだと。

大学時代にある講師が言った
「ダヴィンチになろうとしてお前はなれるのか?」と

「なれません」と私は答えた。

絵を真似て描こうとしてもどうしてもできない何かに
ぶち当たるのだ。

人は似ることしかできないが
似る部分には他者との間に魂の共鳴の可能性があり
似ない部分にはオリジナリティがたち現れる。

だから私は木版画を始めたとき
真っ向から自分が好きなものを作った。
そして今でも
ものすごく似てると感じる何かに出会ったら
パクってやると思って作り出す。

でなければ
いつまでたっても自分のEDGEとは出会えない。




最初の一歩でひるんではいかんのよ。




とりあえず配列を変えることにした。
オリジナルな授業して
パクリ上等で描き続けよう。

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